第16話 打開の一手

 厄介な二人組みを見つけたので、四人は迂回することを決めてた。しかし、元のの道を引き返そうとしたら、事態は最悪な方向へと転がる。


「嘘でしょ……!」


 香織が驚愕の表情を浮かべ、その視線の先には敵が一人。幸い、まだこちらを発見しておらず、襲われる心配はないが、見つかってしまえば、戦闘は避けられない。

 敵に見つからないように裏路地を歩いてきたが、それが仇を成した。物陰に隠れることは出来ても、一本道なので、逃げ場はない。引き返す事も、先に進む事も出来ない。


「え、でも、向こうは一人だし、まだこっちに気がついてないから、先に奇襲を仕掛ければいいだけなんじゃ?」


 咄嗟に、三人を真似るように建物の陰に隠れた一真だが、香織ならば奇襲が出来るのでは、と提案を述べた。


「出来ない事はないわ。でも、もし、見つかって戦闘にでもなれば、多分、井上と田村に気付かれる……」

「いや、気付かれる前に夏目さんなら、奇襲が成功すれば一撃で倒せるんじゃないの?」

「上手く成功すればね。でも、失敗したら?」

「……その時はその時、考えよう!」

「……はあ」


 一真の楽観的な考えに香織は頭を抱えるが、一真の言うことは、間違っていないようにも思える。ここで隠れて、敵がいなくなるまで待つのもありだが、見つかってしまえば、一巻の終わりだ。

 では、一真の言うとおり、奇襲を仕掛けるべきかと言われたら、考えてしまう。


「あ、そうだ。木崎さんって風の使い手だよね?」

「え、うん。そうだけど、何か思いついたの?」

「風の壁みたいなのは作れる?」

「えっと、作れないことはないけど、なんで?」

「ここって一本道だから、片方塞げば通れなくなるから、有利だと思うんだよね。ほら、二人の方を塞いで、一人の方に四人で特攻すればいけるんじゃないかなって」


 そう言われてから、香織は考える。一真の言う作戦は、とてもシンプルだ。上手くいけば、一人は確実に倒せる。しかも、失敗したとしても、風の壁でしばらくは時間を稼げるから、香織か恵のどちらかが一真と京子を連れて逃げればいい。


「いけるかもしれないわね……」

「香織ちゃんが、そう言うなら、頑張るけど……大丈夫?」

「ええ、多分、問題ないわ。でも、恵の方が負担大きくなるけど平気?」

「うん。これくらいの狭さだったら、風の壁も、そこまで大きくしなくていいし、あの二人なら、少し高く作れば乗り越えれないと思う。だから、全然いけるよ!」

「わかったわ。それじゃ、皐月君、瀬戸さん。私は先に行くから、しばらく隠れてて」

「うっす!」

「はい!」


 作戦が決まったので、香織は引き返した先にいる敵ヘ向かって走り出した。そして、恵は二人組みに気付かれないように、風の壁を作って道を塞いでから、一真と京子の下へ近付く。


「二人とも、大丈夫そう?」


 恵が心配するのは、これから戦闘が始まるのでパニックを起こさないかだ。同級生とはいえ、支援科と戦闘科では大きな壁がある。それは、人を殺せる異能を持っているかどうかだ。

 戦闘科は将来イビノムを倒す為に訓練をしているが、それだけではない。テロリストの相手も含まれているので、対人戦闘も欠かさない。だから、戦闘科の生徒と支援科の生徒では価値観が変わってくるのだ。


「俺は平気」

「わ、私はちょっと怖いです……」


 ケロッとした一真に対して、京子はこれから始まるであろう戦いに怯えている。震えている京子を見た恵は、安心させるように抱きしめた。


「大丈夫。私と香織ちゃんが必ず守ってあげるから」

「は、はい……!」


 その光景を間近で見ていた一真は、自分も震えて怖がっていればよかったと後悔していた。そうすれば、恵に抱きしめて貰えたかもしれないと、浅はかな事を考えて。


 それから、すぐに戦闘が始まった。先行していた香織が敵と遭遇したようで、激しい戦闘音が鳴り響く。その様子を見ることは出来ないが、伝わってくる音や振動から、香織の戦いが激しいものだと三人は理解した。


 そして、その音はやはり、他の者にも伝わったようで、恵が仕掛けた風の壁の向こう側から、二人の男が声を荒げていた。


「くそ! なんで、こんな所に風の壁があるんだよ!」

「そんなこと、どうでもいいだろ! 向こうで戦闘音が聞こえてるんだ! さっさと応援に向かうぞ!」

「わかってるけど、ここを突っ切った方が早いだろ!」

「時間が勿体無いだろう! それに、こんな事するくらいだから、敵は複数かもしれねえ!」

「ちっ! わかったよ! 遠回りすりゃいいんだろ!」


 二人の言い争っている声が聞こえて、三人は作戦が上手く言った事に安堵する。そして、香織の応援に恵は向かう為、一真と京子を追い越して行く。残った二人は、戦闘の邪魔にならないように建物の陰から、様子を見守る。


 一真達が見守っている中、香織と恵は一人の女子生徒と戦っていた。しかし、その女子生徒は強いのか、たった一人で二人を相手に奮闘している。その、凄まじい戦いぶりに一真と京子は息を呑んだ。


(嘘だろ? あの人、滅茶苦茶強いじゃん!)


 予想外の強さに一真も動揺していた。所詮は学生。強いといっても、そこまでではないと思っていたのだが、視線の先にいる女子生徒は二人相手だというのに、一歩も引いていない。むしろ、それどころか押し始めてる。


 京子は気がついていないが、一真は二人の表情を見て、焦り始めている事に気がついた。恐らく、このままでは先程の二人が合流して勝ち目が無くなることに、香織と恵は焦っているようだ。


(このままじゃ、確実にこっちが負けるな。どうにか現状を打開する一手を考えないと……)


 一番いいのは一真が特攻することなのだが、そうなれば事態は最悪の結末を迎えることになる。主に一真だけだが。


(仕方がないか。大人しく負けよう)


 結局、一真は己の正体を隠すために、負けを受け入れようとしたのだが、目の前で自分達を守る為、必死に戦っている二人を見て考えを改めた。


「瀬戸さん。ちょっと、俺死んでくるわ」

「え? あの……え?」


 一真の言葉が全く理解できない京子は、目を何度もパチパチさせている。そんな京子を置いて一真は飛び出した。しかも、自分に注目させるように大きな声を張り上げて。


「うおおおおおおああああああああ!!!」


 雄叫びを上げる一真に、戦っていた三人が、一斉に目を向ける。香織と恵は驚愕に目を見開き、相対していた女子生徒は信じられないといった様子で一真を凝視する。


「なにあれ……?」


 香織と恵の二人と戦っていた女子生徒は一真に気を取られてしまった。しかも、完全にだ。それもそのはず、支援科の生徒が今まで、戦闘科を助ける為に、無謀な事をした光景を一度も見た事がなかったからだ。

 しかし、それは恵も同じ事であった。まさか、支援科の一真が飛び出してくることなど予想もしていなかったので、驚きに固まっている。


 だが、一人だけ真っ先に動き出した者がいた。それは香織だ。香織だけが唯一、予想外の事態に対応して動いたのだ。そう、香織だけは知っていた。一真が他の支援科の生徒とは違う事を。だから、真っ先に混乱から抜け出して動く事が出来たのだ。


「隙だらけよ! かえでッ!!!」

「ッ!?」


 楓が一真に気を逸らしている隙を、香織は見逃さずに薙刀を振り下ろした。いくら、楓が強かろうとも、まだまだ学生の身だ。不測の事態に陥れば、注意が散漫になるのも仕方の無い事だろう。

 しかし、たった一人で二人を相手にしていた楓は、ほんの少しの隙を突かれる形になっても、そう簡単には倒されなかった。


「くっ!」


 苦しい表情を見せるが楓は、間一髪のところで香織の薙刀を受け止めた。


「流石ね! でも、こっちにはまだ一人いるわ!」

「任せて、香織ちゃん!」


 香織の意図を汲むように、恵が楓に向かって渾身の一撃を放つ。風の大砲が楓を襲い、楓は必死に防ぐが、香織の薙刀を防ぐのに力を使いすぎてしまい、恵の放った風の大砲を受け止める事は出来なかった。


「ダメ。防ぎきれない! きゃああああああああッ!」


 恵の放った風の大砲を防ぎきれなかった楓は大きく吹き飛んだ。その勢いのまま、壁に激突して死亡判定により仮想空間から消えていった。


 これで一安心かと思いきや、香織達はこちらへ走ってきている井上と田村を目にした。楓という強敵は去ったが、流石に体力を消耗した状態での連戦は厳しい。

 しかし、撤退をしようにも今のままでは逃げ切れない。そう判断した香織は一人囮になることを決めて、三人を逃がそうとしたら一真が叫んだ。


「夏目さん! 二人をよろしく! それとごめんね! 守ってくれてありがとう!」


 一真は返事を聞かずに、こちらへ向かって来ている敵を引き付けるように走り去っていく。香織は止める事もできず、悔しそうに拳を握り締めた。


 だが、すぐに、気を取り直して恵と京子を連れて、その場を離れていく。

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