第15話 遅くなった自己紹介
一真に近づく香織は、どのようにして事情を聞こうかと考えたが、別に悪いことをしているわけでもないので、普通に訊いた。
「ねえ、皐月君。瀬戸さんとなにかあったの? なんだか、二人りとも、気まずい雰囲気だけど」
「え、いや~……はは。実は、ほら、俺って三ヶ月も入院してたせいで、クラスメイトのこと知らないんだよね。だから、多分向こうも戸惑ってるんだと思う……」
「あー、はいはい。なるほど。理解したわ。やっぱり、恵の勘違いね」
「え? どういうこと?」
「あー、なんでもないの。ちょっと、恵と話してくるから、待ってて」
「あ、うん」
香織は、やはり恵の勘違いだという事が分かり、京子と話をしている恵の方へ向かう。残された一真は、気を遣わせてしまったことに、申し訳なく感じていた。
(あ~、道理で二人が分かれたわけだ。多分、なんか色々と勘違いしてるんだろうな。俺のせいで、申し訳ない)
一真の視線の先で、恵と京子がなにやら話しているようだが、内容は分からない。まあ、耳を澄まして聞くほどでもないと一真は判断した。
「あのね、京子ちゃん。皐月君と何があったのかは聞かないけど、今は戦闘訓練してるから、仲良くして欲しいの」
「えっと、はい?」
京子は恵が何を言っているのか理解できなかった。確かに、京子は一真と仲は良くない。しかし、悪いという訳でもないのだ。だから、恵が言っている事が、京子にはよくわからないかった。
そんな京子の反応に恵は違和感を感じる。すると、そこへ香織が恵の肩を叩いて、恵は後ろにいる香織の方へ顔を向ける。
「恵。ちょっと、私が話すから」
「え、香織ちゃんが?」
「うん。ねえ、瀬戸さん。この際だから、皐月君に自己紹介してあげたら、どうかしら?」
「えっ!? どういうこと?」
香織の発言に、京子ではなく、恵が驚いた。京子の方は香織の言っている事が理解できているので、香織は恵に説明する。
「あのね、恵。皐月君は入学してから、ずっと入院してたせいで、クラスメイトとまだ打ち解けてないの。だから、瀬戸さんともギクシャクして話すことも出来なかったのよ」
「あ、そういうことだったんだ!」
「うん。だからね、恵が言ってた事は間違いだったわけ」
「あ、えへへ~」
ついさっきまで、恵は一真と京子の二人は告白云々の関係だと勘違いしていた。それが、間違いだと香織に教えてもらい、惚けたように笑う。
「全く……今度はちゃんと話を聞いてからね?」
「うん、わかったよ!」
「それで、瀬戸さん。さっきの続きなんだけど、この際だから自己紹介しましょうか。恥ずかしいなら、私達も一緒にしてあげる」
「えっ、その……いいんですか?」
「ええ、いいわ。チームの雰囲気がいつまでも悪いままよりは、マシだもの」
「あ、ありがとうございます」
そう言って、朗らかに笑う香織に、京子は感謝する。香織の言うとおり、いつまでもチームがギクシャクした状態では、上手く連携も取れないだろう。もっとも、一真と京子は支援科なので戦う必要はないのだが、今は言うべき事ではないだろう。
そういうわけで、急遽、四人は自己紹介をすることになる。一真は最初、困惑したが、香織から説明を聞いて納得して、一番最初に自己紹介を始める。
「初めまして、皐月一真です! 皆さん、ご存知の通り、入学式初日に交通事故で不幸にも三ヶ月遅れで登校してきた者です! よろしく!」
開幕一発目から重たい自虐ネタに、香織と京子の二人は苦笑いである。ただ、恵にはウケたのか、腹を抱えて笑っている。
「あははははっ! 面白いね~!」
三人中、一人にはウケたので一真は良しとした。その後、京子が自己紹介を始める。勿論、一真のように笑いを取りに行くことなく無難な自己紹介である。
「支援科の瀬戸京子です。趣味は読書でミステリーものが好きです。よろしくおねがいします」
ペコリと礼儀正しく頭を下げる京子に香織と恵が拍手を送り、それを見習って一真も少し遅れて拍手を送る。京子の自己紹介が終わると、香織、恵の順番で自己紹介を済ませる。これで、ようやく一真は暁達以外のクラスメイトと打ち解けることが出来た。
「えっと、じゃあ、これからよろしく。瀬戸さん」
「う、うん。こちらこそ、よろしく。皐月君」
多少、まだぎこちないが二人は、先程と違って、会話することは出来るくらいには、お互いを知ることが出来た。一真は、香織と恵に感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう、二人共。二人のおかげで、クラスメイトと打ち解けることが出来た。本当にありがとう」
「別にお礼を言われるほどじゃないわ。ただ、切っ掛けを与えただけだから。それに、皐月君なら、いずれ自然と仲良くなってたと思うし」
「うんうん。香織ちゃんの言う通りだよ。皐月君、悪い人じゃないから、話せば皆わかってくれるよ」
「ははっ、そう言われると自信がつくよ。でも、ほんとに感謝してるんだ。ありがとう」
二人は特に大したことはしていないと言うが、一真はそれでも二人のおかげでクラスメイトである京子と打ち解けることが出来たのだと、律儀に頭を下げる。流石に二人もそこまでされたら、素直に一真の感謝を受け取るしかなかった。
自己紹介が済んだ四人は、ひとまず味方を探すために歩き出した。先頭を香織が歩き、その後ろに一真と京子、そして最後尾に恵だ。香織は身体強化の異能者なので、先頭に立ち、敵と遭遇しても対応できるようにしている。そして、恵は風を操る異能者だ。竜巻を起こしたり、
(安全なのは確かなんだけど、瀬戸さん。俺の服、離してくれないかな)
二人の戦闘系異能者に守られているのだが、やはり怖いものは怖い。京子は一真の服を握っており、周囲をキョロキョロと見回しており、かなり警戒している。確かに、恵のように遠距離から攻撃できる異能者もいるが、そこまで警戒することはないだろう。
これは、授業であるのと同時に同級生が相手なのだ。よほどの天才でもない限り、目視できない距離から、遠距離攻撃が出来る生徒はいない。とはいっても、物陰からいきなり飛び出してくる可能性もあるので、警戒を解く必要もない。
「止まって」
先頭を歩いていた香織が、後ろにいる三人に合図を送る。突然、香織が止まったことで、警戒心を高める恵は、いつでも異能が発動できるように構える。そんな二人の間で一真は言われたとおりに立ち止まっており、ボケッとしていた。余裕そうな一真の服を、更に力を込めて握りしめる京子は震えていた。
「あ、あの、て、敵ですか?」
「静かに。今、確かめるから」
敵かどうかを知りたい京子は、先頭にいる香織に質問するが、香織はまだ敵かどうかを確認できていなかった。そこで香織は建物の影から、少しだけ顔を出して、確認する。
「ちっ……敵は二人ね。まだこっちに気がついていないから、迂回しましょう」
建物の陰から確認できたのは、二人組の敵だった。戦力的には互角であるが、香織の方は支援科の生徒、つまり、護衛しなければならない二人がいる。油断しているところを狙ってもいいのだが、失敗したときのリスクは高い。リスクとリターンを考えた結果、香織はやり過ごすことに決めたのだ。
「敵は誰だったの?」
香織の消極的な発言に恵は疑問を抱いたので、敵が誰なのかを聞いた。
「井上と田村よ」
「うわあ〜、じゃあ、迂回したほうがよさそうだね」
「その、一つ聞いていい?」
二人の会話を聞いていた一真は、敵の名前を聞いて恵が嫌そうな反応をしたのを見て、気になったので質問をすることにした。
「いいけど、なに?」
「えっと、井上と田村だっけ? その二人って厄介なやつなの?」
一真からすれば、香織と恵の方が強いと思っているため、どうしても不思議で仕方ないのだ。二人が、井上と田村を避ける事が。
そんな一真の質問に、香織と恵の二人は顔を見合わせて、どうしようかと考える。ここで教えるのは、良いのだが、そうすると京子にも教える必要が出てくる。
京子の様子からして、二人のことを教えれば、怯えて動けなくなる可能性もあると考えた二人は、考えた結果、教えないことにした。
「ごめん。皐月君、今は教えられない」
「まずはここから離れないとね」
「あ、そうなんだ。わかった。じゃあ、二人の言う通り、ここから離れよう」
二人の反応を見て、一真は何となく察した。恐らく、井上と田村は強くないが性格が厄介なのだろうと。だから、一真は素直に二人の言う事に従って、迂回する事にした。
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