第13話 初の戦闘訓練
香織と握手した後、一真は香織と一緒に仲間を探す。この実習の仮想訓練では、戦闘科と支援科の生徒がいる。戦闘科は対人訓練と護衛の訓練を目的としている。対して、支援科は護衛される市民という役目だ。そのせいで、戦闘科の生徒から狙われる。
まず、戦闘科はテロリストチームと国防軍チームというものに別れる。文字通り、テロリストチームは市民を襲うのを目的としており、国防軍はテロリストから市民を守るというのが目的だ。そして、制限時間はない。テロリスト側が全滅するか、国防軍側が全滅、もしくは市民が全滅で終了となる。
国防軍側が、かなり不利な訓練だが、実際のテロも同じようなものである。予め、テロが起こることを知っておけば、話は別だが。
「ところで、皐月君は逃げ足とかに自信ある?」
「まあ、普通かな」
「100メートル走は何秒くらい?」
「13秒くらい」
「平均くらいね。それじゃあ、強化系が来たら、なるべく私の後ろに隠れててね。逃げられると、守りづらいから」
「わかったよ。なるべく、近くに隠れてるようにする」
「ありがと。さて、じゃあ、皐月君の置換を知りたいんだけど、いい?」
「ああ、いいよ」
そう言って一真は近くにあった石ころに触れて、数歩先の石ころに触れる。そして、意識を集中させて置換を発動させた。
「へえ、距離はそんなにないのね」
「この前の異能テストで5メートルが限界だったかな。だから、あんまり期待しないでほしい」
「そうね。そうしておくわ。それじゃ、まずは味方に合流しましょう。二人がかりで襲われたら、勝ち目はないからね」
「了解」
この仮想訓練は、まず仮想空間にダイブすると、国防軍と市民の二人組に、仮想空間のフィールドへランダムに飛ばされる。勿論、テロリスト側も同じだが、二人組ではなく一人となっている。これは、公平を期すためだ。有利なテロリスト側が二人だと、国防軍側がさらに不利になるので、テロリスト側は一人なのだ。
香織に従って一真は、なるべく香織から離れずに歩く。今回の訓練は市街地フィールドなので障害物が多い。ただし、人はいない。その分、動きやすくもあるが、大通りを歩くと狙われやすいので、二人は裏路地を進んでいく。
「後ろは大丈夫?」
「今のところ、敵影は見えません!」
「ぷっ、なにそれ。軍隊の物真似?」
「まあ、そういうところかな……」
「ふふ、面白いけど、気は抜かないでね。どこに敵がいるかわからないから」
「うす」
女子と二人きりと言うことで、少し調子に乗ってしまった一真は、香織に釘を刺されて大人しくなる。それから、しばらくは真面目に索敵を続ける一真。
すると、一真の耳に足音が届く。足音が聞こえた一真は、すぐに香織の方へ向く。だが、香織の方は足音に気が付いていないようだ。先程と変わらずに、前を歩いている。
一真は念のために香織の肩を叩いて、人が近くにいることを知らせる。
「夏目さん、夏目さん。誰か近くにいるよ」
「え? ほんと?」
「うん。さっき足音が聞こえた」
「え、私は聞こえなかったけど……。ちょっと、待ってね」
一真を疑うわけではないが、香織は念のために確認する。身を屈めて地面に耳を付けた。すると、香織の耳にもはっきりと足音が聞こえた。足音を確認した香織は、すぐに体勢を戻して、一真の手を引っ張る。
「こっち。足音が一つだったから敵ね。それにしても、よくわかったわね。私でも気が付かなかったのに」
「耳はいい方だから」
一真は異世界での経験により五感が優れている。香織は身体強化系の異能者なので、当然、身体能力が高い。だからと言って、聴力まで高いとは言えない。身体強化はあくまで身体能力が向上するだけだ。感覚まで強化されることはないが、鍛えれば視覚や聴覚は向上する。
香織も身体強化で五感を高めることが出来るのは知っている。だから、さっきも地面に耳を付けたとき、集中して聴覚の感度を上げたのだ。それでようやく、足音が聞こえたのだから、一真の耳がいいと聞いて、素直に驚いていた。
「不味いわね。どんどん近づいてきてる。多分、こっちの居場所がバレてるんだわ」
「ええっ!? だ、大丈夫なのか?」
「安心して。貴方は私が守ってあげるから」
「は、はい」
香織の男前な発言に、思わずきゅんとなる一真は生返事をしてしまう。
(か、カッコいい……!)
と、一真がそのようなことを考えていたら、いつの間にか大通りへ出ていた。どうして、敵の目につきやすい大通りに出たのかと、一真が質問をしようとした時、背後から人の気配を感じた。
「おいおい、鬼ごっこは終わりか?」
男の声だ。一真は、ビルの間から出てくる男を見た。彼も香織と同じように制服の上からプロテクターをした防具で、手には片手剣を装備している。どうやら、敵も身体強化系の異能者のようだ。
「ええ、そうね。ここで討たせてもらうわ」
「ははっ、そうかよ。悪いが、俺はそっち狙いだ!」
香織が薙刀を構えていたが、男は香織を無視して、一真へ一直線に進む。
「うおおおおおお!?」
「あんたの考えはわかってるわよ!」
こっちへ向かって真っすぐに襲い掛かってくる男に、一真は驚きの声を上げるが、二人の間に香織が割り込んだ。香織が男の片手剣を薙刀で防ぎ、ガキンッという金属音が鳴り渡る。
「今のうちに、どこかに隠れてて!」
「は、はい!」
「ちっ! どけ、夏目!」
「どくわけないでしょ!」
香織は一真を逃がした後に、薙刀を力一杯振りぬき、男を弾き飛ばす。
「くっそ! やっぱ、パワーじゃ勝てねえか!」
「はあああああっ!」
一気に畳みかけようと香織が薙刀を大きく振るって、男に振り下ろす。
「うおっと! あぶねえ!」
振り下ろされた薙刀を、男は後ろに跳んで避ける。香織が振り下ろした薙刀は、地面に激突して、地面を粉砕した。それを見れば、香織の一撃がどれだけ強いかわかる。その光景を、市街地フィールドの無造作に置かれた車の陰から、二人の戦いを食い入るように一真は見ていた。
「う~ん、戦えば勝てるかな?」
一真は、こちらの世界に帰ってきて初めて対人戦闘を見る。まあ、やはり、向こうに比べればレベルは低いが、それでも迫力はあるものだ。ただ、一真からすればそうでもないが。
そんな一真の視線の先では香織と男が激しくぶつかり合う。
「スピードじゃ負けてねえぞ!」
「くっ!」
(なるほど。相手はスピードタイプで夏目さんはパワータイプなんだな。男の方はさっきからヒットアンドアウェイだ。対して夏目さんは、一撃特化。当たれば勝てるけど、ちょいと相性が悪いか? いや、でも、夏目さんは武術の経験者なのかな? 動作が綺麗だ。ただ、やっぱり、ちょっとだけ相性が悪いな~)
冷静に状況を分析する一真だが、手を出すかどうか迷っていた。恐らく、一真が介入すれば、香織は勝てる。しかし、そんなことをしてしまえば平穏に暮らすという一真の夢は潰える。
それは当たり前だろう。なにせ、支援科の生徒が戦闘科の戦いに割り込むなど、本来であれば考えられることではないのだから。
(やっぱ、大人しくしておこう)
葛藤の末、一真は大人しく見守ることにした。ただ、もしも、ここが仮想空間でなく、現実だったならば一真は香織を助けるために飛び出していただろう。散々、向こうで人助けをしてきたのだ。見過ごせるわけがない。
一真が色々と考えている内に状況は変化していた。香織が押していたのだ。先程までは、防戦一方であったのに、いつの間にか形勢逆転している。
「ハア……ハア……ッ!」
「どうしたの? 息が上がってるわよ!」
「ちぃ!」
そう、男の息が乱れているのだ。恐らく、体力が底をつきかけているのだろう。それも仕方がない。香織は確かに防戦一方だったが、そこまで動いていないので体力は減っていない。それに比べて、男は香織の攻撃を過剰な動きで避けていたので、余計に体力が減っていたのだ。
「くそ……!」
「ここまでね!」
「く……! せめて、あいつだけでも道連れだッ!」
男を壁際に追い詰めた香織だったが、男は最後の悪あがきと言わんばかりに壁を蹴って香織の頭上を飛び越えると、車の陰に隠れている一真へ向かって一直進する。
「なッ!? 嘘ッ!」
振り返る香織だが、もう間に合わない。男は最後の体力を振り絞って、香織を置き去りにしたのだ。後は一真を仕留めるだけ。車を飛び越えて、隠れていた一真に向かって男は剣を振り下ろす、
「死ねやあああああああッ!!!」
いくら、訓練とはいえ同級生に向かって死ねとは言いすぎではあるが、役に徹していると思えば、素晴らしい演技力だ。必死な感じが、本物のテロリストにも負けてない。
しかし、相手が悪かった。異世界で三年と言う短い期間ではあるが、生死を賭けて戦い続けた一真だ。迫りくる男を見ても冷静に対処する。
「すまん」
一真はポケットにしまっていた石ころを取り出して、置換の異能を発動させる。車のドアと石ころを置き換えて、男の剣を見事に防いだ。ガンッと剣が車のドアに弾かれて男は驚愕の表情を浮かべる、
「んなッ!?」
「もらった!!!」
そこへ追いついた香織が薙刀を一閃して、男は死亡判定されて仮想空間から消える。一件落着と一真が一息吐いていると、香織が一真へと近づく。その顔はどうしても聞きたいことがあると物語っていた。
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