第10話 知らぬところで

 雪姫と火燐に見逃してもらった一真は、二人に約束したとおり、二階と一階を占拠していたイヴェーラ教を倒した。これで建物内にいる全てのイヴェーラ教は制圧することに成功した。


 その後、一真は急いで五階へ向かい、変装に利用した服や覆面を火属性魔法で焼却して証拠を残さないようにした。そして、トイレにいるイヴェーラ教の様子を見に行って問題ないことを確認してから、一真は三人の元へ戻った。


 丁度、三人は雪姫と火燐に他の客達と一緒に保護されており無事だった。そこに一真は声を上げながら手を振って合流する。

 三人は一真の声を耳にして、そちらの方へ振り返ると一真が手を振ってこちらに向かってきているのを確認した。


「さ、皐月!」

「皐月君!」

「皐月ッ!」


 三人は無事だった一真を見て、大いに驚いて喜びに笑顔を咲かせて一真へ駆け寄る。


「良かった……! 良かった~~~!」

「無事だったんだね! どこか怪我とかしていないのかい?」

「うおおおおおお! 生きてて良かった~~~!」


 一真が無事だったことに心の底から喜んでいて、暁は一真の手を取り何度もブンブンと上下に振って、太一は怪我がないかと一真の周りをグルグル回り、幸助は号泣していた。

 そんな三人に一真も釣られて泣きそうになる。たった数時間ほどの付き合いしかないのにも関わらず、ここまで心配してくれた事に一真は嬉しくて堪らない。それと同時に彼らの人の良さを知る。


 そして、一真はもう一度謝罪をする。自分を遊びに誘わなければ彼らが巻き込まれることはなかったと思っている一真は謝らずにはいられなかった。


「皆、ほんとにごめん。俺なんかを遊びに誘った所為でこんな目に遭わせてしまって……」

「何言ってんだよ、皐月。むしろ、俺らの方こそ謝らなきゃいけねえよ。俺らが誘った所為でお前に無茶させちまったんだからよ。なあ?」


 そう言って暁は振り返って太一と幸助に同意を求めた。


「うんうん。暁の言うとおりだね」

「ああ、そうだな。俺らが無理に誘わなきゃこうはならなかった」


 その言葉を聞いて一真は反論する。


「それは違う! みんなの所為じゃない!」


 大きな声で否定する一真に多くの視線が集まる。だが、一真はお構いなしに暁達の言い分を否定し続ける。


 すると、そこへ雪姫と火燐が四人の元へ近付いて間に割り込んだ。


「はいはい、そこまで。後輩達。仲がいいのは良い事だけど今は避難が先」


 火燐が暁達の前に割り込み、三人を落ち着かせる。


「そうです。今は言い争ってる場合ではありません。喧嘩なら後でしましょう」


 雪姫は一真の前に立ち、一真を叱る。


 四人は二人の言う事を素直に聞いて、彼女達が誘導して避難している客と一緒に建物の外へ向かう。建物の外へ出た四人はようやく解放されたことと無事に生還出来たことに喜びを分かち合う。四人が喜び合っていると、パトカーがサイレンを鳴らしながらやってくる。そのすぐ後ろには軍用車も見えた。


 突然のサイレンに一真達だけでなく周辺にいた人達も驚いていた。ただ、その中には驚いていない者もいる。雪姫と火燐の二人だ。彼女達はパトカーを見てやっと来たかと溜息を吐いている。誰が呼んだのかは分からないが、これでようやく助かったと逃げ出した人達は安心した。


 それから、一真達は警察と国防軍から質問攻めにあった。が、さほど時間を取られる事はなかった。まあ、一真達は異能学園の生徒ではあるが支援科なので雪姫や火燐に比べたら拘束されることはない。

 その二人は国防軍に捕まっており、長々と話しているのを一真達は視界に捉えるが自分達にはもうやることはないと判断した。それに質問を答えた一真達は帰るように言われている。


「じゃあ、帰るか」

「そうだね」


 暁が歩き出して太一が続き、幸助、一真と続いてそれぞれの帰るべき場所へ足を進めていく。その道中に一真を除く三人が思い出したかのように雪姫と火燐について話し合う。


「それにしてもやっぱり美人だよな、氷室先輩と朱野先輩は!」

「また、その話? 懲りないね」

「そういうお前だって二人を見てるときは顔を赤くしてたじゃないか」

「なっ! ぼ、僕は別にそんなんじゃ……」

「照れるな、照れるな。あの二人を前にしたら仕方ないってことよ」


 必死に否定しようとしている太一に幸助が肩を組んで、本当は照れているのだろうと指摘する。内心照れていたことは間違いないので太一は顔を真っ赤にする。しかし、意地でも認めようとしない。


 そんな三人のやり取りを見て一真は、雪姫と火燐について尋ねる。なにせ一真は三ヶ月も入院生活をしていたので学園のことについては詳しくないのだ。


「なあ、その氷室先輩と朱野先輩ってそんなに有名なのか?」


 などと頓珍漢なことを一真が言うので三人もキョトンと固まってしまう。しかし、一真が三ヶ月も入院していた事を思い出して一真の質問に納得する。


「そっか。皐月は知らなかったな。あの二人は焔の雪姫と氷の舞姫っていう二つ名もちの先輩なんだよ。見た目もそうだし、異能も名前と正反対で有名なんだ。そして、強い。将来、国防軍入りは確実って言われてる二人組みなんだ」

「暁の言うとおりだな。そんで、俺ら支援科からすればアイドルみたいな存在ってわけよ!」

「へえ〜、そうなんだ」

「なんだ、興味ない感じだな? もしかして嫌いなのか!」

「いや、確かに綺麗な先輩達だったけど、そんな凄い人達ならもう関わることもなさそうだなって」

「あー、まあな。実際、俺らも今日初めて会話したくらいだ。学園じゃ近寄ることも出来ないしな」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「ああ。そもそも戦闘科だから棟が違うしな。だから、遠くから眺めるくらいしか出来ない」

「それでアイドルなのか」

「そうそう」


 一真は二人から話を聞いて納得する。彼女たちが学園でも有名人で実力者であることを知った。まあ、今後関わるかは分からないが、学園では会うことがないと分かって安心する。覆面で変装してたとはいえ、彼女たちと少し言葉を交わしてしまったので一真は恐れていた。自分の正体がバレることを。


 そして、一真たちはそれぞれの家に帰る。太一と暁は自宅へ帰り、幸助と一真は寮へ帰る。途中で別れた四人は二手に別れた。一真は幸助と寮へ帰り、暗黙のルールや寮での決まり事を教えてもらってから一真は自室へ向かう。


 一真は部屋に備えられているベッドへ制服のままダイブして一日のことを振り返る。退院してから初登校でイビノムと戦う羽目になり、放課後には友人とテロに巻き込まれてテロリストと戦い、振り返ってみれば散々な一日である。


「初日からハードすぎるだろ……。まあ、でも、友達も出来たし、楽しくやっていけそうだな〜」


 ベッドに寝転びながら思い耽っていると一真のポケットから電子音が鳴る。一真はポケットに手を突っ込むと携帯を取り出した。待ち受け画面には幸助からメッセージを受信したと表示されている。内容は食堂に晩御飯を食べに行こうというお誘いであった。


 一真は了承して返事を送り、待ち合わせ場所へ向かう。すると、そこにはラフな格好をしている幸助が壁にもたれ掛かって一真を待っていた。幸助は一真が来たのを知ると、手を振って名前を呼ぶ。


「おーい、皐月。こっちだ」

「ごめん。待たせたか?」

「いんや、全然。そんなことより、お前まだ着替えてなかったのか?」

「うん。疲れてたからそのままベッドに倒れてたんだ」

「あー、そっか。悪いことしたな」

「いや、いいよ。飯どうするか考えてたし、寝る前でちょうどよかった」

「じゃあ、ナイスタイミングだったわけか」

「そういうこと。食堂ってどんな感じなんだ?」

「まあ、行ってからのお楽しみってやつさ」


 二人は食堂へ向かって歩きながら他愛もない話を続ける。そうして食堂に着くと、一真は想像していた以上の広さに驚いた。


「すっげ……」

「だろ? まあ、異能学園はどこもマンモス校だからな。これくらいが普通なわけよ」

「へ〜!」


 それを聞いて一真は期待胸を膨らませる。これだけ食堂が広いのだからメニューも豊富なのだろうと。


「寮生はタダだから注文して食おうぜ」


 幸助が一真を案内するように食券機の方へ向かう。一真は幸助の後を追いかけて食券機の方へ向かった。二人はそれぞれのメニューを選んで、料理が出来上がるのを待つ。料理を受け取った二人は空いている席へ適当に座る。


「んじゃ、いただきます!」

「いただきます!」


 食べる前にきちんと手を合わせてから二人は料理を食べる。一真は初めて食べる寮の食事に舌鼓を打ち、一切残すことなく完食する。食事を終えた二人はそれぞれの部屋へ戻り、一真はシャワーを浴びて眠りに就くのであった。


 一真が眠りに就いた頃、雪姫と火燐は今日の事を話し合っていた。


「……あの男、何者だったんでしょうか?」

「少なくとも敵ではなかったけど、味方というわけでもなさそうね」


 二人が話している人物は一真のことである。少し遡るが、二人は一真達と違って警察と国防軍に事情聴取で残っていた。その際に二人は変装した一真のことを警察や国防軍に尋ねていたのだ。しかし、誰も一真の事を知らなかったのである。正確に言えばイヴェーラ教にスパイは存在しないということだった。


 それを聞いた二人は驚愕に染まる。イヴェーラ教は謎が多い組織で、どれだけの規模で、どこに拠点があるのかと謎が多い。だから、スパイなど送り込むことも出来ない。だと言うのに二人はスパイと名乗る人物に遭遇した。驚くのも仕方がないと言えるだろう。


 勿論、その話は警察や国防軍に伝えたので、彼らもそのスパイを追うことになった。一真が知らない場所でどんどん事態が大きくなっていく。果たして、一真に平穏な時が訪れるのか。

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