第9話 一真動く

 ゲームセンターの方で戦闘が行われている時、一真達は建物の外へ逃げようと施設内を走り回っていた。


「くそ! ここもか!」


 先頭を走っている暁が非常口のドアを開けようとするが、開く気配はない。ドアに体当たりして無理矢理こじあけようと試みるも、ドアはビクともしない。


「ダメか……」

「もう一階の正面出口か裏口しか残ってないんじゃないかな?」

「でも、ここに来るまでに何度もイヴェーラ教の奴らを見かけたんだぜ? 多分、無理だろ……」


 暁が諦め、太一が残された出入り口を言うが、幸助が現実を突きつけ、三人は落胆する。どうすることもできない状況に三人は頭を抱える。そんな中、一真は一人悩んでいた。

 彼らを信じて自身が持つ魔法を教えるべきかと。そうすれば、恐らくこの絶望的な状況は打破できる。ただし、その後どうなるかだ。


 彼らが黙っててくれるなら何も心配はないが、誰か一人でも口外してしまえば一真の立場は危うくなる。異能が溢れている世界に唯一の魔法使い。注目もされるだろう。それにその力を解明せんとばかりに怪しげな研究者達も出てくる。下手をしたら、異質な存在として恐怖されてしまうかもしれない。

 そうなれば、一真の居場所はどこにもなくなる。人は未知なるものを恐れる。それが害をなすようであれば尚更だ。


 折角、元の世界に帰ってきて平穏に暮らすと決めたというのに、これではあんまりだ。そう考えている内に一真は沸々と怒りが湧いてくる。


(クソ野郎共め! 俺の青春を脅かしやがって、許せねー!)


 これまでの不満が爆発しそうになる一真。エレベーターの前で見知らぬ誰かが殺されそうになった時も飛び出そうとしたが、ギリギリまで耐えていた。もしも、あの場面でイヴェーラ教の男が引き金を引いていたなら、即座に動いていたはずだ。

 しかし、もう我慢の限界である。一真は決意した。自身の平穏な生活を守る為にイヴェーラ教を倒すと。


 そこで一真が取った行動は、友達になってくれた三人に嘘をつくことだった。


「皆、大変だ! こっちにイヴェーラ教の奴が来てる!」

『えっ!?』


 一真の言葉に一斉に驚く三人は、隠れる場所がどこにもないので慌ててしまう。


「俺が気を逸らす! みんなはその間に逃げてくれ!」


 勇気を振り絞ったかのように一真が飛び出していく。それを三人は止めようとしたが、一真は既に走り出している。走り出した一真は彼らの方へ振り返った。


「みんな、ありがとう! 俺のこと遊びに誘ってくれて! それでごめん! 俺なんかを誘ったせいでこんな目に遭わせてしまって!」

「あ、おい! 皐月!」

「皐月君!」

「皐月ッ!」


 感謝と謝罪の言葉を告げて一真は三人の元から走り去っていく。その道中に一人で行動していたイヴェーラ教の男を倒して、服と覆面を剥ぎ取った。気絶させたイヴェーラ教の男をトイレの道具入れに縛って隠した。起きて騒がれないように。


 幸いな事に気絶させた男は一真と背格好が似ていた事もあり、服は難なく着れた。変装もしたので、これでバレることはないと覆面を被った一真は気合を入れて走り出す。


「よし、やるか」


 まず、始めに三人の安全を確保する為に、今いるフロアのイヴェーラ教を一真は全滅させた。全員、気絶させて武器を取り上げる。


「戦闘系の異能者はゼロ。これで起きたとしても、そこまで脅威じゃないな」


 気絶させたイヴェーラ教の者達は男女共に戦闘系の異能者はゼロであったので、武器さえ取り上げていれば脅威はない。起き上がって攻撃してこようとも全員で襲い掛かれば敵ではないだろう。


「次に行くか」


 建物は八階建てになっていて一真は五階にいるので、まずは上の階から殲滅していくことにした。エレベーターを使わずに階段を駆け上がり、六階の敵を殲滅する。その際に一般人に見つかったが敵ではなく、潜入したスパイだと嘘をついてやり過ごした。

 その勢いのまま、七階、八階とイヴェーラ教の人間を気絶させていく。運がいいことに一真がイヴェーラ教の人間を倒すと一般人が拘束してくれるので一真は安心して次へ向かうことが出来た。


 五階から八階までの敵を殲滅した一真は四階へと向かい、因縁の相手と遭遇する。一真達がエレベーターに乗り込み逃げようとした時にエレベーターから降りてきたイカれた男だ。服装から見て間違いないだろう。一真はその男と対峙する。


「おや? 貴方は……?」


 どうやら男の方は一真を仲間と思っているのか、武器を下ろして近寄ってくる。だが、一真は警戒を解かない。異世界で培った勘が目の前の男は危険だと囁いていた。ここで隙を見せればやられるのは自分だと。そう思った瞬間、目の前の男が発砲してきた。


「ッ……!」


 警戒していたおかげで反応できた一真は弾丸を避けることに成功する。しかし、それで完全に敵だとバレてしまう。


「どこのどいつか知らねえが、身体強化系の異能者は連れてきてねえぞ……! てめぇ、何者だ!」

「……」


 ハンドガンを向けられても一真は答えない。声で特定される恐れがあるからだ。勿論、相手は一真のことなど知らないから分かるはずもないのだから特定しようもないが、万が一ということもある。ゆえに一真は何も喋らない。


「ちっ、だんまりかよ。あー、クソうぜえ。クソガキ共には舐められるし、訳のわかんねー奴まで現れるしよ~……」


 相当苛ついているのか、頭をガシガシと掻きむしっている。やがて、ピタリと動かなくなる。突然、俯いてダランと腕を垂れ下ろしたと思ったら、グリンと首を回して一真をに睨みつける。


「もー、殺すかー! あっはっはっはっはっはっはー!!!」


 狂ったようにハンドガンの引き金を引いて一真を撃ち殺そうとする。しかし、ハンドガンなど一真にとっては玩具に等しい。避けることなど造作もない。


「へー、ならこれはどうよ?」


 男が手を後ろに回して取り出したのは手榴弾。それを見た一真は距離を取ろうとバックステップで後ろにさがるが、男は手榴弾のピンを外して特攻してきた。


「なっ!?」

「ひゃはははははっ! やっと声聞けたなー!」


 自爆技に一真は驚きを隠せず、声を漏らしてしまった。手榴弾を握って一真に突進する男は狂ったように笑い、一真の声を聞いて喜びの声を上げた。その次の瞬間、爆発が起こり男の身体は爆散して肉片が一真に飛ぶ。


「ッ……ここまでするのか?」

「お~いおいおい~。もっと悲しんでくれよ~。人が目の前でミンチになっちまったんだぜ~?」

「ッッッ!?」


 飛んできた肉片を手で防いでいた一真は、ぐちゃぐちゃになってしまった男の遺体を見て驚愕している時に背後から声を掛けられる。その声は先程一真の目の前で爆散して死んだ男と瓜二つであった。そのことに驚いた一真が振り返ると、そこには先程の男と全く同じ服で同じ背丈の男がハンドガンを構えて立っていた。


「ゲームオーバーだ」


 パンと乾いた音がフロアに鳴り渡る。普通の身体強化系の異能者ならば死んだだろう。だが、一真は異世界で魔王を打ち倒した勇者であり、この世界で唯一無二の魔法使いだ。一真は弾丸が当たる寸前に魔法で障壁を張った。


「はあ?」


 今度は男が驚愕する番であった。一真に放った弾丸は見えない壁のようなものに防がれており、一真は無傷だったのだ。男は確実に眉間を捉えており、死んだとばかりに思っていたのに、目の前には無傷で立っている一真がいる。驚くのは当たり前だろう。


「おいおい、二つ持ちか?」


 男が聞いているのは異能のことだ。異能は基本一人につき一つが原則なのだが、稀に二つ持ちが生まれてくることもある。二つ持ちが生まれてくるのは百万人に一人の確率なのだ。そう簡単に出会えるものではない。だから、男は驚きを隠せず一真に二つ持ちであるのかと聞いているのだ。


「はっ、お得意のだんまりか。まあいいさ。お前の異能は身体強化と防壁、もしくは結界あたりだろう。今の装備じゃ相性が悪いな。ここは引かせてもらうことにしようか」


 そう言うと男は自身の頭にハンドガンを向ける。引き金を引こうとした時に、男は一真に向かって叫んだ。


「俺の名前はイヴェーラ教、無限のアムルタート! 縁があったらまた会いましょう」


 無限のアムルタート、男はそう言ってから引き金を引いて自身の頭を撃ち抜いた。ドサリと音がしてアムルタートが倒れると血溜まりが出来る。


「無限のアムルタート……。一体、どんな異能者なんだ?」


 疑問ばかりが残る結果となってしまったが、一真は最大の脅威であるアムルタートを退ける事に成功した。


 アムルタートを退けた一真は残存するイヴェーラ教を倒す為に下の階へ降りていく。しかし、そこで思わぬ事態が発生する。


「ッッッ!」


 三階へ降りた瞬間、一真に向かって火の玉が飛んできた。咄嗟に避けた一真は火の玉が飛んできた方向へ顔を向けると、そこには手の平を一真に向けている雪姫の姿があった。


「まだ、仲間がいたようですね」

「雪姫の異能を避けるなんて、中々やるじゃない」

「もう! 敵を褒めてどうするんですか!」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど、つい」

「むー! 次はしっかり当てますから!」


 目の前で和気藹々とした光景を見せられる一真は戸惑ってしまう。彼女達は自分の事を敵と思っていると分かった一真はなるべく怪しまれないように嘘をつく。


「待ってくれ。私は確かにイヴェーラ教と同じ格好はしているがイヴェーラ教ではない。私はイヴェーラ教に潜入している国防軍の者だ。だから、攻撃をやめてもらえないだろうか?」


 見苦しい嘘にしか聞こえないが、一真にとってはこれが精一杯であった。両手を挙げて、攻撃の意思はないとアピールする一真を見て二人は困惑する。


 嘘かどうか分からない。だが、両手を挙げて攻撃の意思はないとアピールしている。確かに今までのイヴェーラ教からは考えられない行動ではあるが、怪しい事には違いない。


「でしたら、証拠を見せていただけませんか? 国防軍なら証明できるものを持っているはずです」

「持っていない。イヴェーラ教へ潜入する際に国へ預けた。万が一、バレてはいけないからね」

「なるほど。しかし、それでは私達は貴方を信用する事が出来ません」

「なら、ここは見逃して欲しい」


 その言葉を聞いて雪姫と火燐は一真の目の前で相談を始める。本当に見逃してもいいのかどうかと。しばらくして、二人は相談を終えて一真に顔を向ける。


「わかりました。貴方を見逃す事にします」

「言っておくけど、妙な真似はしないでね。貴方の事を完全に信用したわけじゃないから」

「それで構わない。お礼と言ってはなんだが、下の階のイヴェーラ教は私が倒しておこう」


 そう言って一真は二人の前から走り去る。残された二人は一真の背中を見詰めながら会話する。


「一人で大丈夫なのでしょうか?」

「さあ? でも、一人で潜入してるくらいなんだから強いんでしょ」


 一真がいなくなったのを確認して雪姫と火燐は建物内にいる一般人を保護していくのであった。

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