第8話 焔の雪姫、氷の舞姫

 一真達が非常口へ向かうと、そこには大勢の人がいた。恐らく彼らもイヴェーラ教から逃げてきた人たちだろう。

 しかし、どうにも様子がおかしい。切羽詰っているようで怒鳴り声がいくつも聞こえてくる。


「おい、なにやってるんだ! さっさとドアを開けろ!」

「早くしてよ! 殺されたらあんたのせいだからね!」

「うるせえ! 俺だって開けようとしてるんだ!」


 どうやら、非常口のドアは開かないらしい。これではいつまで経っても逃げられない。それにここに留まっていれば、折角逃げて来れたのに捕まってしまう。だから、みんな焦っているのだろう。


「おい、どうする? ここにいたら捕まるぞ?」

「次から次へと人が増えてくるから、逃げるなら今の内だよ」

「でも、どこへ逃げればいいんだ?」


 不安な三人は話し合うが、どんどん人が増えてくる。四人は押されてしまい、集団から抜け出すのが困難になってしまった。


「今からでも遅くないから、別の場所へ避難しよう!」

「そうしよう。まだ、イヴェーラ教も来てないから逃げ出せる」

「よし、じゃあ、早く逃げようぜ」


 集団の中から抜け出そうとしている時、一真はどうしても聞きたかったことを暁に聞いてみた。


「なあ、竹下。戦うって言う選択はないのか?」

「……そりゃ、俺だって戦闘系の異能があったら」


 嘘だ。暁は戦闘系の異能があっても戦いはしなかった。それはどうしてか。理由は恐ろしいからだ。初めて見る本物のテロリスト。たとえ戦闘系の異能を持っていても戦えはしないだろう。殺すか殺されるかなんて今まで暁は経験した事がない。なら、いきなり殺し合いなど出来るはずがない。


「そっか。そうだよな。怖いもんな」

「当たり前だろ。みんな死にたくないんだ。必死にもなるって」


 暁の言うとおりだ。みんな死にたくない。だから、必死になって逃げる。それはおかしいことではない。なんの力も持たない一般人からすれば当たり前の事だった。


 一真達が逃げ出そうとしていた頃、イヴェーラ教の男達はゆっくりと逃げ出した人たちがいる非常口のほうへ向かっていた。


「馬鹿の一つ覚えのように非常口へ逃げ出すなんて。全く呆れてしまいますね~」


 のんびりとしたように喋る男は、愉快そうにステップを刻む。そうしていると、男のズボンから音が聞こえてくる。男はズボンのポケットに手を突っ込み、音の発信源である無線機を取り出した。


「はい、もしもし」

『こちら、デルタ。現在、交戦中につき応援を求む』

「相手は?」

ほむらの雪姫だ。情報どおり、かなりの実力者だ。三人やられた』

「おやおや、さすがですね。わかりました。こちらには戦闘系の異能者がいなかったのか無抵抗でしたので、そちらに応援を向かわせます」

『応援感謝する』

「いえ、これは当然の事ですから」


 プツリと無線が切れて男は笑いが堪え切れなかった。


「ふふふ、はははははは! いや、実に素晴らしい。流石は異能学園のエースといった所ですね。まさか、三人もやられるとは……」


 そこまで言って男の肩が震えだす。ブルブルと震えており、無線機を握り潰すとばかりに力を込めていた。


「クソが! 役立たず共め! おい! お前とお前、それからお前は今すぐゲームセンターにいる焔の雪姫を殺して来い!」

『はい』


 激昂した男はどうやらイヴェーラ教の中でも立場が偉いようで命令を下した。指名された三人は男の命令に従って下の階にあるゲームセンターで戦っている仲間の下へ向かった。残されたのは男と、拘束使いの異能者とマシンガンを持っている男の三人だけ。しかし、それだけで充分であるとリーダーの男は判断している。


 先程、遭遇した人たちは誰もイヴェーラ教に抵抗しようとはしなかった。それはつまり、誰も抵抗できるだけの力を持っていなかったという証拠。故に男は確信しているのだ。今この場に自分達に敵う者はいないと。


 そのことを考えると、怒りも収まり、以前のように穏やかな雰囲気に戻った。


「さあ、我々も行きましょうか」


 愉快にそして優雅に。男は二人の仲間を引き連れて逃げ惑う人々を追い詰めていく。


 その一方でゲームセンターのほうでは激しい戦闘が繰り広げられていた。

 人を丸ごと燃やし尽くす程の巨大な火の玉が、美少女から放たれる。その火球は真っ直ぐに飛んでいき、隠れているイヴェーラ教の人間を炙り出す。


「うわあっ!!!」

「く、くそ! また一人やられた!」

「応援はまだなのか!」

「もうすぐ来るはずだ! それまで何としても耐えるんだ!」

「そうは言ってもあの火力相手だと厳しいぞ!」


 マシンガンを所持しているイヴェーラ教の男達はゲーム機の陰に隠れて、攻撃から身を守っているが美少女が放つ圧倒的な破壊力を持つ火球には意味を成さない。

 それでも、隠れていなければいけないのは的になるのを防ぐため。もしも、姿を見せて銃撃でもすれば、たちまち丸焦げにされてしまう。いくら、マシンガンを持っていても強力な異能の前では無力に等しい。


「いい加減、観念してください。これ以上戦っても貴方達に勝ち目はないことくらい分かるでしょう?」

「あはははは〜。雪姫ゆきは相変わらずだね。優しいけど、相手はテロリストだよ? 明確に殺意を向けられた以上は容赦はいらないって」

火燐かりん、そう言うけど戦力差は明らかなんだから、降伏勧告は当然でしょ?」

「まあ、そうだけどさ。一般市民にまで危害を加えてるんだから、降伏勧告なんてせずに武力制圧したほうが早いと思うよ?」

「それはそうですが、イヴェーラ教といえども彼らは人間です。話し合いで解決するなら話し合いをするべきです」

「既にドンパチ始めちゃってる人が言ってもなー!」


 戦場のど真ん中だというのにほんわかと会話している二人は一真達と同じ第七異能学園の生徒である。ただし、一真達とは違い戦闘科に所属している生徒だ。故に戦闘系の異能を所持している。そしてイヴェーラ教を二人で圧倒していることから、かなりの実力者であることが分かる。


「くそ……! 焔の雪姫だけでも厄介だと言うのに、氷の舞姫まいひめまでいるなんて!」


 イヴェーラ教の男が苦虫を潰したように顔を歪ませる。彼らが相手にしているのは、第七異能学園の戦闘科二年生、氷室雪姫ひむろゆき朱野火燐あけのかりん。雪姫は名前に反して炎使い、火燐も名前に反して氷使いである。二人は共に成績優秀で将来有望な異能者だ。


「奴ら実戦なんてしたことがないはずなのに、どうしてこんなに戦い慣れてるんだ!」


 思わず大きな声で悪態を吐くイヴェーラ教の男。そのセリフが二人に届いていたのか、二人は彼らに向かってはっきりと告げた。


「舐めないでください。私達は将来に向けて厳しい訓練をしています。その中には、当然テロリストとの戦いも想定して訓練を行っています。それに加えて、私達の後ろには守るべき人達がいます。ならば! 私達が退く理由などありません!」

「そう、そういうこと。雪姫の言う通り。私達はいずれ国を守る為に戦う。だから、こんなところで怖いからって逃げることなんて出来ないわ。覚悟しなさい、私達を敵に回したことを!」


 雪姫の足元から紅蓮の炎が吹き荒れて、火燐の周囲を白い冷気が包み込んでいる。二人は間違いなく強者である。いくら情報を仕入れていてもイヴェーラ教の者達に勝ち目などなかったのだ。どれだけ弾丸を撃ち込もうが火燐の氷に阻まれ、隠れて機を窺おうとしても雪姫の炎で燃やし尽くされる。どう足掻いても絶望しかない。


「ちくしょう……! 応援はまだなのか!」


 歯を食いしばりながらイヴェーラ教の男は床に拳を叩きつける。このままでは全滅しかねない。早く応援が来ないかと苛立つ気持ちを抑えながら二人に見つからないようにゲーム機の物陰を移動する。


「雪姫、多分この建物占拠されてると思うから、これ以上時間を取られるのは不味いわよ?」

「そうですね。確かに、外部との通信も遮断されてますから助けが来るかは外の人次第ですので、早々にケリをつけましょうか」

「なっ、さっきは降伏しろって!?」


 予想外のセリフに思わず飛び出してしまう男は話が違うと異議を申し立てる。だが、それは二人の思うツボであった。飛び出した男に向かって雪姫は火の玉を飛ばして大きく吹き飛ばす。火の玉をもろに食らった男は焼死することなくその場に倒れるのであった。


「あと何人でしょうか?」

「さあ? 少なくとも数十人はいると見積もってもいいんじゃないかしら?」

「うへえ、多いですね。疲れちゃいそう」

「何言ってんのよ。まだバリバリ元気なくせに」

「えへへ、そうなんですけど」


 つい先程、一人の人間を火の玉で吹き飛ばした光景が嘘であるかのように二人は和気藹々としている。それを見ていた残りのイヴェーラ教の人間はますます絶望する。勝てる見込みなど全く無い上に、余裕綽々で圧倒的な実力を持っている二人に戦慄するのだった。


 それから、しばらくして応援が到着したが状況を知って顔を青くする。到着した時には仲間はほとんど残っておらず、圧倒的な戦力差に白旗を振りたくなった。無理に二人と戦っても結果は見えている。蹂躙されるのが分かっているのなら、大人しく降伏すべきだ。しかし、そのようなことをしてしまえばどうなるか。上の人間に知られてしまえば、死よりも恐ろしい罰が待っている。故に彼らに撤退の二文字はなかった。

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