第7話 イヴェーラ教

 それから結構な時間カラオケで遊んでいたが、電話がかかってきて延長するかどうかを聞いてきたので四人は悩んだ末に帰ることを決めた。


「いやー、楽しかったな」

「そうだね。良い息抜きにはなったよ」

「ははは、そうだな。また四人で来ようぜ!」

「ああ! また行こうぜ!」

 仲を深めた四人は受付に戻り、料金を支払ってグランドワンを後にしようとした時、突如グランドワンに銃声が鳴り響く。


「えっ!? なんだ!? 今銃声が聞こえたよな?」

「うん。今のは確かに銃声だ……」

「何が起こってるんだ……?」

「嫌な予感がする。急いでここを離れよう」


 銃声を聞いた一真はすぐに避難するように三人へ呼びかけた。三人も一真の言葉を聞いて頷き、すぐに行動を移す。急いでエレベーターへ向かうと、数人ほどエレベータを待っていた。


 見たところ、慌てているように見えるので一真達と同じく避難しようとしているらしい。一真達もその人たちに混ざってエレベーターを待った。


 やがて、チンという音が聞こえてエレベーターのドアが開いた。待ち構えていた人たちは急いでエレベーターに乗り込もうとしたが、開いたドアからおかしな集団が姿を現して乗り込もうとしていた人たちは一斉に足を止める。


「イビノムの覆面……! てことは、イヴェーラ教!」


 誰かがエレベーターから降りてきた集団の名前を口にする。おかしな集団は顔をイビノムのマスクで覆い隠しており、服装はスーツから迷彩服とバリエーション豊かでマスク以外は統一感のない集団だが、その実態はイヴェーラ教という組織だ。多くの者は、その名前を聞いただけで恐怖に震え上がる。なにせ彼らは――


「ど、どうしてこんな所にテロリストが……!」


 そう、テロリストなのだ。イヴェーラ教の人間はイビノムを崇拝しており、欲深い人類がイビノムという神の使いから卑しくも奪い取った力だと言って異能を憎んでいる。つまり、彼らは異能者の敵であり、一真達にとっては最悪の事態であった。


「んん~~~! この中に無垢なる使徒の方はおられますか?」


 真ん中にいたイヴェーラ教の男がハンドガンをチラつかせながら一真達に問いかけた。彼らが言う無垢なる使徒というのは所謂無能者である。人類のほとんどが今は異能者であるが、今も尚異能を持たない人間は存在する。そして、彼らはイヴェーラ教に襲われない唯一の存在でもある。


 だが、それ以上に特別なのが無能者との間には強力な異能者が生まれやすいと言われていることだ。科学的に証明はされていないが、比較的強力な異能者が生まれやすいとされている。

 あくまで都市伝説であるのだが、信じている者は多い。なぜならば、無能者から生まれる異能者は大半が強いのだ。勿論、中には弱い者もいるので必ずしも強い異能を持った子が生まれるということは無い。


 そのため、イヴェーラ教は無能者を襲わない。理由は一つ。彼らも異能者を憎んでいるとはいえ、異能者を殺すには武器が必要だ。それも強力無比な武器だ。

 そう、彼らは強力な異能者を生み出すために無能者を捕らえているのだ。赤子の頃から徹底的に育てれば、それは強力な人間兵器になる。

 イヴェーラ教が無能者を探している理由はそれだけである。


「ん~~~? 私の言葉がわからないのですか? この中に無垢なる使徒はいるかと聞いている! さっさと答えんか!」


 最初は穏やかな口調であったのに、彼の質問に誰も答えないから、口調が荒くなり天井に向けて発砲までしている。かなり、頭にきているようだ。下手をしたら、誰か殺されるかもしれない。


「おっと、失礼。少々興奮してしまいました。んん! では、もう一度聞きますがこの中に無垢なる使徒はいらっしゃいますか?」


 また誰も答えない。一真達の中に無能者がいないからではない。無能者だとバレてしまえば拉致されるからだ。確かに彼らは無能者を襲わないが、その扱いは最悪だ。彼らに捕まった無能者が辿る結末は全員が一緒。

 ひたすらに子作りを強いられる。

 衣食住こそ保証はされているが、扱いは家畜そのもの。そして、役目を果たせなければ殺処分。イヴェーラ教の悪事は世間一般に知らている。だから、無能者がどういう最期を遂げるかわかっているから誰も答えないのだ。


「いい加減にしてほしいものですね。私も気が長い方ではないので、こういう方法しかなくなるのですが」


 そう言って男は目の間にいた男に向けてハンドガンを向ける。


「あ、あぁ! 嫌だ! 嫌だ! 死にたくない!」


 ハンドガンを向けられた男は顔面蒼白になりながら涙を流し、首を横に振るがハンドガンを構えているイヴェーラ教の男は聞く耳持たず。


「そうですか。ならば、周りの人間を恨みなさい。貴方が死ぬのは私の質問に答えなかった者達ですので」


 あまりにも理不尽。どう考えても悪いのはイヴェーラ教の方だと言うのに、自分たちのことを棚に上げて責任は一真達に負わせる。誰だって面倒事はゴメンだ。それが頭のイカれた集団が相手なら尚更。だから、一真達を責めるのは筋違いというものだろう。


「だ、誰か助け……」


 ハンドガンを向けられている男は涙を流しながら周囲に助けを求めるが、誰も目を合わせようとしない。もう諦めるほかないと誰もが思った時、最後の悪あがきとして男はとんでもないことを口走った。


「あそこの女! あいつ無能者です! さっき偶然聞いたんですけど、無能者です!」


 死にたくなかった男は咄嗟に嘘をついた。死物狂いで喚く男は一人の女性を指差して叫ぶ。考えようによっては最善の嘘で、人としては最悪の嘘だ。だが、気持ちは分かる。誰だって死にたくない。生きることが出来る可能性があるのなら人は平気で嘘だってつくだろう。


「ち、ちがっ! 私は無能者なんかじゃないわ! そいつが言っていることはデタラメよ!」


 パンッと発砲音が鳴り響く。その音に一真以外の者は驚いて肩を震わせた。


「お静かに。嘘かどうかは我々が確認します。貴女が無垢なる使徒でないなら異能を見せていただけますか? ああ、もちろん無垢なる使徒でなかった場合は死んでもらいます。当然、貴方もですよ」


 嘘をついた男と無垢なる使徒だとでっち上げられた女性は小さく悲鳴を上げる。女性の方は溜まったものではないだろう。無能者であっても異能者であっても結末は最悪な未来しかない。どちらかを選べと言われても選べるものではない。だから、彼女は逃げ出した。


「いや……嫌ああああああああ!!!」

「やれやれ、手間を取らせないでいただきたい」


 ハンドガンを持っているイヴェーラ教の男が肩を竦ませると、後ろにいた仲間へ指示を出した。


「面倒ですから全員拘束してください」

「仰せのままに」


 紳士のような振る舞いを見せるが、彼もイヴェーラ教の人間なので普通の人間とは価値観が違う。異能者を傷つけることに何の抵抗もないのだ。


 指示されたスーツ姿の男は手を前に突き出した。


「縛り上げろ」


 そう言うと男の手から光の紐が伸びていき、逃げる女性の手足を縛った。突然、手足を縛られた女性は勢い良く転んでしまう。


「いたっ! な、なによこれ! ほ、解けない!」


 縛られた女性は必死に手足を動かして拘束を解こうとするが光の紐は解けない。どれだけやっても解けることはない。


「異能、拘束。一度拘束されてしまえば並大抵の人間では振り解くことは出来ませんよ。さあ、諦めてください」


 丁寧に説明してくれるが、その光景を見ていた者達は一斉に逃げ出した。捕まってしまえば殺されると、我先にと逃げ出す。


「はあ、やれやれ。どうして自分の立場を理解していないのでしょうか。嘆かわしいことだ。どれだけ逃げようとも、この建物は我々が占拠しているというのに。愚かな人たちだ」


 困ったように肩を落とすが内心では楽しんでいる。鬼ごっこの始まりだと、男はマスクの中で獰猛な笑みを浮かべていた。


 イヴェーラ教の男が肩を竦めている時、一真達は人ごみに紛れて逃げていた。逃げている最中に暁が携帯を取り出して外へ連絡を試みようとしたが電波が遮断されているのか圏外になっていた。


「くそ! 圏外だ!」

「ごめん。こういう時に僕の念話が役に立てばよかったんだけど、範囲が狭くて建物の外には……」

「どうするよ、これから!」

「……非常口は?」


 走りながら一真達が話し合い、一真が非常口が使えるのではないかと口にする。三人も非常口からなら逃げられるかもしれないと頷いた。


「よし、非常口を目指そう!」

「そうだね。それがいい!」

「そうと決まれば全力だ!」


 三人がどうにかして逃げ出そうとしている中、一真はどうするべきかと考えていた。恐らく、魔法を使えば先程の男達なら制圧できる。しかし、そんなことをすれば自分が魔法使いだとバレてしまう。

 これが誰もいなければ魔法を使って戦っていたが、三人がいるので戦えない。魔法使いだとバレてしまえばどのようなことが起きるかなど容易に想像できてしまう。


 平穏に暮らすと決めた一真にとっては魔法使いだとバレることは出来るならばしたくない。だから、一真は黙って一緒に逃げる事を決めた。

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