第2話 気まずい登校初日

「あー、お前らも知っているとは思うが入学式初日に交通事故で入院していた皐月一真さつきかずま君だ。みんな仲良くしてやってくれ」


 少年こと皐月一真は第七異能学園に初めて登校しており、朝のホームルームで担任教師に紹介されていた。ただし、その顔は真っ青である。


 具合が悪いわけではない。入学初日から事故で三ヶ月も来てなかったのだ。クラスメイトも今更かと戸惑っており、本人である一真も既にグループ分けが済んでいるであろうクラスに馴染めるか不安で堪らない様だ。


「皐月一真です。よ、よろしくお願いします」


 なんの捻りもない面白みに欠ける挨拶をして一真は教えられた自分の席に座る。席に座り、横の男子生徒と目が合うとお互いぎこちなさそうに頭を下げて前を向く。


「(うぅ、俺の学園生活ボッチ確定)」


 メソメソと心の中で泣いている一真を放って朝のホームルームは終わった。一応時間割を教えて貰っているので一真は次の授業の準備を始める。

 十分休憩の後、担当の教師が来て授業が始まるのだが一真は開始数秒でついていけなくなった。


(あわわ……あっちで三年過ごしてたから数式がわからん!)


 異世界では使うことのなかった知識だが、こっちの世界では当たり前のように授業で使われている数式が一真には難しかった。なにせ、三年間基本戦っていただけだから。


 しかし、そのような事情など教師からすれば知ったことではないので無情にも授業は淡々と進められていく。

 必死で黒板に書かれたことをノートに書き写した一真だがほとんどわからなかった。おかげで授業が終わる頃には真っ白に燃え尽きていた。


「もうダメ……」


 バタンと机に頭を伏せて一真は呟いた。ここは確かに異能学園ではあるが一般教養も普通にある。なので、一真が挽回出来るとすれば異能を使った実技科目だけだ。


 しかし、とても残念な事に一真の異能は戦闘に用いられるものではなかった。


 ここで説明しておかねばならないことは異能学園には二つの科がある。一つは戦闘科、そしてもう一つは支援科である。

 戦闘科は文字通り戦闘を専攻としており実技が多い。だが、誰もが戦闘科に入れるわけではない。戦闘系と呼ばれる異能を持っている者でないと入れない。


 例を挙げるなら、火を操る異能や風を操る異能だ。ただし、戦闘科は進級するのも一苦労で、卒業するのはもっと難しい。なにせ将来イビノムを相手にしなければならないのだから、一定以上の実力でないといけないのだ。


 対して、支援科の方は使える異能なら誰でも入ることが可能だ。一真は運良く使える異能に目覚めたので入学をしたのだ。まあ、今は魔法もあるので戦闘科の生徒にも負けることがない一真である。


「次は……異能テストか」


 異能テスト。簡単に言えば現段階でどれだけ自分が異能を使えているかを試すものである。透視能力なら透視を、念力ならどれだけの重さを念力で持ち上げられるかを。そういったテストを行う。


 そして、一真の異能はというと。


「出席番号十三番、皐月一真! これより置換のテストを開始する!」

「はい!」


 一真の異能は置換。物体aとbを置き換える事のできる能力だ。瞬間移動が出来るのではと思うが、残念な事に生物を置換することは不可能である。だが、それでも支援型の異能としては充分に優秀である。なにせ物体aとbを置き換える事が出来るので遠く離れている場所に物資を瞬時に運ぶ事が出来るのだから。


 とは言っても一真はまだ異能に目覚めたばかりなのでほんの数mしか物体を移動させる事しか出来ない。何度も練習し繰り返せばいずれは数km、数十km離れた場所に移動させる事も可能だ。すでに置換の異能を持つ者が成功させている。


「ふむ。5mか。まあ異能に目覚めたばかりなら十分だな」

「ありがとうございます!」

「これからも頑張るんだぞ」

「はい!」


 特に悪くもない評価に一真は安心して、テスト会場を後にする。会場を後にした一真は置換の能力を試すが、やはり数mしか物を移動させることしか出来ない。

 だが、別に悲観はしていない。なぜなら、一真は異世界で得た魔法があるからだ。この世界にはイビノムという人を喰らう脅威が存在しているので身を守れる術があるのは心強い。


「(しかし、魔法は通じるのかね? あっちの世界では魔王討伐したけどイビノムがどこまで強いのかは情報でしか知らないんだよな)」


 一真は異世界にいた三年間に数多くの魔物と戦い、最後には魔王すら討伐した勇者ではあるが、イビノムとは戦ったことがないのだ。

 基本、今の日本には異能者で構成された国防軍か民間企業の許可証ライセンス持ちしかイビノムと戦えない。ただし、例外はある。イビノムが市街に現れた場合は自己防衛として戦闘が許可される。


 だが、それだけだ。


 昔ならイビノムが市街に現れることも多かったが、現在は防衛システムが強化されている上に国防軍や民間企業の許可証持ちの異能者がイビノムから街を守ってくれている。だから、一介の学生である一真がイビノムと戦う機会はない。


 しかし、一真が戦闘科であったなら話は別だ。戦闘科は将来国防軍か民間企業のどちらかに進むこととなる。そのため、イビノムとの実戦が必要となるのだ。普段はシミュレーターで対イビノムを仮想した戦闘訓練を行っているが、最上級生になれば現役異能者の指導の元、本物のイビノムと戦うことになる。

 卒業していきなり実戦に投入しては恐怖で動けなくなるケースが多いので、学園の卒業試験の一環としてイビノムの討伐が組み込まれている。それが出来なければ卒業が出来ないようになっているのが異能学園の戦闘科なのだ。


 ちなみに支援科は別だ。卒業自体は簡単に出来る。ただし、イビノム討伐を生業としている民間企業や国防軍には就職が難しい。その二つが求めているのは戦闘系の異能者だからだ。支援系の異能者はよっぽど使える異能ではない限り、まず就職は不可能だ。ただ、一真の持つ置換は有用性が既に認められているので今後の頑張り次第では可能性もある。


「まあ、ぶっちゃけ戦いはもういいや。あっちで死ぬほど戦ったし。魔法と置換の異能を使ってぼちぼち稼いで平穏に暮らそう! うん! それがいい!」


 戦うか戦わないか迷った一真は異世界で戦い漬けの日々を送っていたので、この世界では平穏に暮らすことを決意する。しかし、それが叶わないことを一真はすぐに理解するのであった。

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