両家の問題


かけるのことなら、私も面倒を見るから」


小野翔。それが私の甥であり、両親にとっては初孫だった。帰省した時には、姉がいつも顔を見せに実家に寄っていた。翔はもう中学生だから、難しい年頃だろう。それでも、日々子供を相手にする学習塾勤務の私は、専業主婦の姉と二人ならなんとかなるという、思い込みがあった。それでも、母はうなだれるばかりだ。


「それが、翔のためだから、あちらにいるってきかないのよ。こんなに頑固な子じゃなかったのに」

「そうなの? お姉ちゃん、あっちの家族に脅されてるんじゃ?」


DVをする男は、謝り上手だと聞いたことがある。さんざんパートナーを打ちのめした後、人が変わったように謝罪を始め、俺にはお前しかいないと言った、甘い言葉をささやく。パートナーは今度こそ変わってくれると信じ、また、自分が見捨てたらこの男性は生きていけないなどの庇護欲を掻き立てられ、次第に泥沼に落ちていく。その上、子供を男の家で育てていたことも大きい。子供にとっては慣れ親しんだ環境の方が、居心地がいいだろう。子供が小野家を選ぶ限り、姉は逃げられない。子供を人質にするようなものだ。


 そこに、父が荒々しい足音と共に二階から降りてきた。父は母とは違って普段着に着替えている。そのことに、妙に心強さを感じる。


「どうだったの?」


父は母が姉に連絡を入れている間に、小野家の方と交渉を続けていたらしい。父の顔から察するに、交渉は決裂したようだ。


「悪びれもせず、あやが悪いのだと!」


彩は私の姉の名前だ。姉は十五前に町田彩から、小野彩になった。夫の名前は小野りつ。今となっては、皮肉な名前だ。おそらく姉がこちらに来ないのは、翔のことだけが理由ではないのだろう。夫からの復讐や小野家との関係性が崩れることが、怖いのだ。カワイソウだと思う。それと同時に、何故かこれで良かったと思う。我慢強いということは、田舎では美徳として持て囃される。ただそれだけで、姉は勝ち組だった。そしてそれと比較されるように、私は短気だからと、晩婚を危惧されていた。


 姉はこの家に戻ってこないのだ、と心の中でもう一度噛み締めた。




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