詐欺と狂言


 カッコウの托卵相手にモズという鳥がいるが、そのモズは早贄で有名だ。モズだけ見れば気味の悪い鳥だが、カッコウの托卵相手だと聞くと、カワイソウな鳥だと同情してしまう。これも、見方を変えれば印象が正反対に変わることがあるということを教える目的の教材なのかもしれない。しかし、托卵を小学生で教えるのは難しそうだ。


「そう言えば、今日の新聞に載ってたのって、町田まちだ先生のお姉さんのことじゃないの?」


いきなり下腹を殴られたような感覚になる。一瞬にして脂汗が冷や汗に変わり、この先生が記憶力に長けていることも思い出す。それに、私がのろけて姉の嫁ぎ先のことまで話していたことも。口は禍の元だと痛感する。一瞬、返答が遅れた私を見て、先生は「やっぱりそうなんだ、大変だね」と言った。その口元は笑っている。先生は髪の毛もてあそびながら、興味がないような口調で続けた。


「でもさ、最近DV詐欺とか、狂言とか多いから、どうなんだろうね」


殴られたようになった下腹が、熱を帯びてくる。詐欺? 狂言? 一体何を言っているのか。姉が夫からの暴力をでっち上げたとでも言うのだろうか。姉は嘘をつくようなタイプではない。しかも、自分の夫を貶めるような嘘をつくとは思えない。それに、警察が夫を逮捕したのが、全てを証明しているではないか。先生は何か取り繕うこともせず、失礼なことを言い放ったまま、部屋を出て行った。もし、身内のことでなければ、「最近はそうみたいですね」とか、「まあ、ありますね」とか、反応できるくらいのコミュニケーション能力は持ち合わせていると、自負していた。しかし、いざ実の姉のこととなると、そんな言葉は全く出てこず、腸が煮えくり返った。


 頼まれていたコピーを先生方に配り、ワークを教材置き場に戻す。夏期講習の資料を作っていると、スマホが小さく鳴った。就業中はスマホの持ち込みは禁止されているが、この日ばかりはそうも言っていられなかった。母からのLINEで、姉の嫁ぎ先と縁を切ることや、姉の離婚を勧めていることが書いてあった。姉は子供のために離婚はしないと言っているので、これから説得するともあった。そして子供には一切虐待の形跡は見られなかったという。そこだけは安堵したが、姉の精神状態が心配だった。いっそ、早退をして姉の元に早く行ってあげたいと思ったが、冷静になればなるほど、自分に出来ることは何もないという気がしてならなかった。とりあえずLINEを返信し、あまり感情的になれば相手の思うつぼだと、両親に言うのが精いっぱいだった。


 そうこうしている間に、塾生の子供たちがやって来て、真っすぐに教室に向かう。その子たちが帰る前に資料を封筒に入れて、一人一人に配る必要がある。今まで一人親世帯の塾生のことを、他人事のように感じていたが、今は自分の甥が一人親世帯になることを考えると、けして他人事ではなく、自分に近い存在に感じられた。


 塾の授業を終えて帰宅する塾生に、夏期講習の資料を渡すと、今日の仕事は終業時間を迎えた。私は先生方への挨拶もそこそこに、車に飛び乗って帰宅した。


 帰宅すると、母がスマホを握りしめてソファーに座っていた。やっと姉と連絡がついたばかりだという。警察に事情を聴かれていて、連絡がつかなかったのか。それとも、病院にいて連絡がつかなかったのか。いずれにせよ、今は安全なところから、無事に連絡が取れる状態だということに、私は安堵の息を吐いた。


「それで、いつ帰ってくるの? 私、迎えに行こうか?」


同じ県内だと言っても、姉の嫁ぎ先はここに比べて田舎だった。しかもここはあまり冬でも雪は降らないが、姉の嫁ぎ先は県内でも有名な豪雪地帯だ。夏は同様に暑いが、とにかく姉の嫁ぎ先は何かと不便で苦労が多い。こちらはバス社会だが、姉の方が完全に車社会だ。スーツ姿のままの私が提案しているのに、パジャマ姿のままの母は黙ったままだ。スマホを拝むように擦っている。




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