新聞紙
ため息を吐いて二階への階段を上る俺を見て、兄は手伝うよ、と言ってくれた。俺は一度断ったのだが、兄は俺を追い越して笑う。
「二人でやれば、早く片付くだろ? さっさと終わらせて昼飯にしよう」
「わりぃ」
俺は兄の言葉に甘えることにした。小さい頃から兄はいつもこんな感じだ。困っている人がいれば助け、自分にできそうなことがあれば当然のように請け負う。損な性格ともいえるだろうが、この性格で兄の交友関係は広いし、他人からの評判も厚い。意地悪く重箱の隅を突いて短所を兄の短所を探せば、正義感が強すぎることぐらいだろうか。しかし、短所と長所は表裏一体だ。兄は正義感を振り回すことはないし、単に優しいとも言えるわけだ。
紙袋の溜まった新聞紙と広告を分けて、紙の紐で縛っていく。兄が仕分けをして、俺がその束を縛っていくという分担だった。黙々と作業をしていく中で、新聞の束に紐を緩くかけすぎて、全て新聞が床に散乱させてしまった。
「あ。ごめん」
「大丈夫か? 熱中症じゃないだろうな?」
二人で腰を上げて新聞を再び重ねていく。そんな中で、ふと目に留まったのがDVの記事だった。被害者の女性が死亡したことで、大きく取り上げられていた。加害者の夫は、正義感が暴走したと言っているとかなんとか、言っていたとテレビでもやっていた。いずれにしても、古い記事だったし、最近はよくDVという言葉も聞くようになっていたから、それほど気には留めなかったのだが、正義感という言葉に少しヒヤッとしたのだ。兄は新聞を片付け、俺の方に束にして戻した。
「何見てんだ?」
「いや。何でもない」
俺は首を振って、また作業に戻った。祖父母は仲のいい夫婦で、両親も仲がいい。そんな俺の家で、DVなんて言葉は、一番縁遠い言葉に思えた。その証拠に俺は作業をしている間に、すっかりとDVという言葉を忘れていた。思えば、結婚を控えた兄に対して、そんな言葉に目が留まっただけでも失礼な話だった。
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