一章 生前整理
血縁と地縁
ゴールデンウィークに、家族が集まって、小屋の生前整理を行うことが定例となっている。祖父母が高齢となり、二階の小屋に溜まった荷物を今から整理しておこうというのだ。田舎で農家を営んでいた家の小屋は、想像よりずっと大きい。そして何でも溜め込む祖母の性格を反映して、小屋の壁にずらりと並んだタンスには、物が大量に詰め込まれている。現在は両親が兼業農家で、俺も兄も会社員なので、代替わりがあればこの小屋の大量の荷物は、いらないものだらけになっていくだろう。祖母は最初は嫌がったが、俺たちの説得に応じて、小屋の中だけなら、生前整理をしてほしいというまでになった。
二階の襖を開けると、すぐ横にある窓から差し込む日光と、埃っぽさに、吐き気を覚える。窓枠には冬眠に失敗した虫の死骸が、折り重なって詰まっていた。いくら雪国の五月だからといって、涼しいわけではない。雪国と聞いて、良く勘違いされるのは、こういうことだ。雪国でも春になれば温かくなって雪が解けてなくなるし、夏はちゃんと暑いのだ。しかし一体何が出てくるか分からない小屋で作業をするのだから、半袖短パンというわけにもいかない。長袖長ズボンのジャージに身を包み、頭には手ぬぐい、手には軍手をして、準備は整った。
「何だ、やる気満々だな」
一つ上の兄が、ジーパンと長袖のティーシャツに帽子を被って、素手で作業をしていた。兄の足元には既に、皿やら鍋やら食器やらが、足の踏み場もないくらい床に置いてある。新聞紙で無造作にくるまれたそれらは、形が古かったり、一セットになっているはずの物が欠けていたり、センスの欠片もない物ばかりだった。
「これって、売れるかな?」
これだけせっかく集めたのだから、ただ捨てるのももったいない気がしていた。最近はレトロブームということで、若者の間に昭和の物が流行っているらしい。ひまわり柄のガラスコップや、白と黒の格子柄の皿などは、俺の目にも新鮮に映った。
「フリマか?」
ここでのフリマは、もちろんフリマアプリへの出品を指している。自分で値段を決められるし、以前に漫画本をセットで出したら、高値で売れたことがある。
「うん。結構いい値段するかも」
「まだまだあるぞ。手間だからリサイクルショップにまとめて出せば?」
俺は唸った。先ほどの揶揄いといい、今回の提案といい、兄は笑顔で人を動かす才能がある。何故か兄に笑顔でそう言われると、いちいち発送するのは手間だと感じてくる。何しろ、まだ東側のタンスしか手をつけていないのに、足の踏み場もないのだ。これからどれだけの物が出てくるのか考えると、恐ろしかった。兄は手を伸ばして、プラスティク製のバケツを重なったまま引き出していた。確かにこれだけあれば一つ一つ値段を付けるのも一苦労だ。俺は仕方なく兄の言う通りにすることにした。そして大の大人二人で、二時間かけて、東側のタンスを全部空にした。足の踏み場はさらになくなった。ここから捨てる物とリサイクルショップに持っていく物を、分別しなければならい。まず、大きな鍋や大量の朱色の箸などは捨てることにした。雪国の田舎ではよくある話だが、地区の結束を高めるためなのか、寄り合いが異常に多かった。俺でさえ子供の頃は子供会の情事に辟易していたのだから、大人の集会はより面倒だったに違いない。そしてその集会には飲食が伴う場合が多かった。俺の家は公民館に近かったため、大鍋や箸、食器を提供することが多かったらしい。その度に祖母は大量に食器や箸を買い貯めたようだ。それに今は葬儀会場ですべて済ませるが、昔は自宅で葬儀を行っていた。曾祖父の代までは親戚や仕事の関係者など、大勢が集まって飲食をしていた。料理は主にその家の女性や親戚の女性、近所の女性が担当し、男性陣にかいがいしく酒や料理を運んでいたという。葬儀の場だけではない。彼岸に盆、正月には親戚中が集まっていた。その時のために、膳や茶碗、皿に箸などを祖母は準備していたのだ。今では考えられないが、血縁も地縁も大事だったことがうかがえる。
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