第6話:異母姉との出会い

家について自分の部屋に戻ってやっと解放された気分だった。天乃さんは、ファミレスでも、銀鱈ぎんだらの西京焼き定食の方がいいとか、煮カレイの御膳の方がボリュームがあるとか色々話しかけてきた。


その意図は分からないけれど、出会った当初とはえらい違いだった。僕は部屋のベッドに横になって、彼女と出会った時のことを思い出していた。



■約1カ月前


母が交通事故であっさり他界した。病院から電話があって駆け付けた時にはもう息がなかった。多分、頭を打っての即死だったとの事。交通事故だったけれど、顔など目立った傷はないのがせめてもの救いだった。


人とはあっけないものだ。死ぬときは簡単に死ぬ。目をつぶって寝ているだけの様に見える母は息をしていなかった。そして、二度と目を開くことはなかった。これまで僕は肉親と言われている人の死に出会ったことがなかったので、悲しい思いを感じていた。


もし、魂なんてものがあるとしたら、この部屋のどこかでまだ僕を見ているかもしれない。僕が泣きじゃくって母の亡骸なきがらに縋りついていたら彼女は成仏できないだろう。悲しいのは心の中だけにして、平静を装った。


ただ、悲しめるのも一瞬だけで、葬式の手配、火葬の手配、死亡届の提出、銀行の名義変更等々……目まぐるしく忙しくなっていた。そして、母子家庭だった僕は今後どうしたらいいのかという不安を抱えていた。僕の心はその早さに追いつけず、葬式の時には何も考えられなくなっていた。


費用のことなど全く頭が回らず、葬儀屋にとにかく家で葬式をあげてもらった。家に母が寝ていると腐敗防止だからと葬儀社がドライアイスを布団の中に入れていき、母の身体は固くなっていた。もう、悲しんでいられるような余裕はない。


一応、付き合いのあった人は葬式に呼んだのだけど、母の交友関係を僕が全て知っているはずもなく、呼べたのは一部だっただろう。元々親せき付き合いもなく、葬式に来てくれる人は数人だけだった。


その中に、40代の男性が一人いた。服装も少しいいものだったように思う。もっとも、喪服なんてどれも同じに見えると言えばそれまでだけど。ほとんどが、母のやっていたお店を手伝ってくれていたパートの女性ばかりだったので、少し違和感を感じた。


それが、僕の父であるかは直感など働くはずもないが、母の夫であるのではないかと考えれば、なんとなくそうではないかと思ったのだ。本当に困ったときは現れる。そんな人柄ではなかっただろうか。


では、なぜこれまで一緒に暮らしていなかったのか。それは僕には到底理解が及ばなかった。この人を見たのは今日が初めてだし、母と話している光景など一度も見たことがない。どんな間柄だったのかも分からないからだ。


男性が線香をあげた頃、家にはもう誰もいなかったので、声をかけてみた。



「あの……失礼ですが……」



男性はあっさり認めた。



「流星くん……だよね。会うのは2度目だ。1度目は生まれたばかりの時で……」



僕は、僕の中の記憶にない人だと分かって逆に安心して話した。来てくれたお礼と……僕が言えたのはそれだけだった。


たくさん話したいと思ったけれど、話す内容がない。共通の話題と言えば、母の事だけなのに、故人であるが故なんとなく憚られた。


考えれば飲み物も出していない。畳の部屋にちょっとした祭壇があり、母の入った棺桶が置かれている前で親子が話している。母はこの光景を想像しただろうか。



「こんな時になんだけど、これからどうするの?」



男性は優しく質問した。僕は未来のことなど全く考えていなかったので、答えに窮した。



「よかったら、うちに来ないか?」


「……」



なにを言っているのか理解が追い付かない。返事に困っていると、1枚の紙を渡しながら男性が続けた。



「これが僕の住所だ。携帯は今、番号を交換しておこう。困ったことがあったらなんでも言ってくれ」


「ありがとうございます……」



そこから1週間。僕は部屋で布団を敷いたまま何もせず過ごした。実際は火葬やなにやら行く必要があったので、言われるがままに行ったのだけど、何も覚えていない。


母は白い小さな骨壺に収められ、家のちょっとした仏壇の前に置かれている。うちに墓があるのかどうか……母の宗教なんて聞いたこともなかった。


漠然と仏教かと思ったけど、どこの寺に何を頼めばいいのかなど、高校生の僕に分かるはずもなかった。すべては時間が止まってしまった。



ブブブ…、とスマホのバイブが鳴った。表示は「五十嵐鉄平氏」と出ていた。先日の男性と番号を交換したときに登録したものだ。鳴ったからには出るものだと僕は思っていたので通話ボタンを押した。



「どうしてる?」


「うーん……」


「どうだろう、めしでも食いに行かないか?」



飯と聞いてお腹がグー、となった。人はどんな時でも腹は減るらしい。



「実は比較的近くまで来てる。焼肉なんかどうだ?」



別に焼肉に釣られた訳じゃない。誰もいなくなって心細かったのかもしれない。「守ってくれる大人」を求めていたのかもしれない。とりあえず、僕は約束した焼肉店に行った。



「あー、来た来た!ここに座って!」



焼肉店は、ちょっといいお店だった。母が定食屋をやっていたこともあって、僕にとって「焼肉」と言えば、「焼肉定食」だったけれど、このお店は肉が1人前ずつ盛られていた。


黒くて長方形の天板のテーブルは、中央にはスリットが開けられた鉄板がセットされていて既に加熱されていた。


ただ、肉はまだ注文されていないようだった。テーブルの向こう側に鉄平氏と一人の少女が座っていた。明らかに面白くないという表情。目も合わせてくれない。可愛いことだけは分かるけれど、誰なのだろうか。


背中くらいまである長い髪は左右耳の辺りで小さなリボンが付けられていた。印象的な大きな目。小さい顔。アイドルがテレビから飛び出してきたような容姿。髪の艶のせいなのか、輝いて見えた。僕は彼女に目を奪われた。



「そっちに座ったらいい」


鉄平氏の案内で僕もテーブルについた。



「これは、僕の娘で天乃あまのだ」



なるほど、娘さんか。僕と年齢はそれほど変わらないように見える。つまり、彼女の母親と僕の母は同じ時期に鉄平氏と関係を持っていたという事か。見た目はさわやかそうな鉄平氏も裏があるというか、一筋縄ではいかないのだろうと思った。



「天乃、こちらは流星りゅうせいくんだ。お前と同じ年」



彼女は返事もなく鉄平氏の方も向いていない。



「もう少ししたら、一緒に住む子だ」


「はぁ!?」



鉄平氏の追加説明で、不快感を一気に表した彼女。そりゃそうだ。僕の方が笑いが出そうだった。



「ほら、まずは一緒にご飯を食べよう!流星くん、じゃんじゃん頼んでいいから!」



この針のむしろの様な状況で焼肉をじゃんじゃん焼いて、モリモリ食べられるメンタルの人がいたら、ぜひご連絡ください。


鉄平氏、なぜ焼肉を選んだし。焼いた肉を取るのも取りにくいし、彼女は全く箸をつけてないし、出会いとしては最悪だった。


とりあえず、焼いてもらった肉を食べたけれど、どこに収まったか分からないくらい気まずい。会話も鉄平氏と僕という二人だけの会話。鉄平氏が天乃さんに時々話を振るけど、基本無視。僕と彼女が直接喋ることはないという空気の悪さ。


なぜ、鉄平氏はこの場を設けたのか!?「一度はうちに来いといったけれど、本気にすんなよ」という意味だろうか。



「流星くんは学校どこだい?」



いくつかの会話の中でたまたま出たこの一言。



「桜坂高校です」


「はぁー!?」



出ました、本日二度目の天乃さんの「はぁ~!?」。そこそこの進学校だから意外だったのだろうか。「お前ごときが桜坂」ってこと?



「なんだ、天乃と同じ高校か!こりゃ、知らなかった!」



僕と天乃さんが同じ高校!?また一段と具合の悪いことで……うちの高校で、五十嵐……天乃……僕の頭には一つの単語が浮かんだ。



「3スターズ!」


「!」



キッ、と睨まれた。黙っとけと言うメッセージだろう。思いついたからって口にしたらダメなんだ。散々学んだと思ったけど、人はそんなに変われないらしい。



「なんだ?スリースターズって」


「あ、いえ……」



鉄平氏が訊ねたけど、僕は火消しに回る返事しかできなかった。話は一切盛り上がらない。もう、早く帰りたい。



「流星くん、よかったら、一度うちを見に来ないか。これから」


「「え!?」」



僕も驚いたけど、天乃さんも驚いたらしい。聞いていなかったらしい。

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