第5話:可愛いやきもち
学校内で可愛いと有名な3人のことを「
そこで、3スターズの一人五十嵐天乃さんと僕が姉弟だという事実が暴露された。それが影響したのかは分からないけれど、もう一人の3スターズの
カラオケ屋の廊下で告白され、僕は承諾したのだけど、部屋に戻っても気持ちが落ち着かなかった。
二見さんは僕の隣に座って、こちらをチラチラ見てくる。その表情は嬉しさがこぼれ見えているようで、とても気恥ずかしい。その笑みが可愛い。
室内では天乃さんが自慢の歌を披露している。確かにめちゃくちゃうまい。「アイドル」なんて言われているだけはある。
貴行も日葵もノリノリだ。この二人も見た目通り歌がうまいので、かなり高レベルの会になっている。
僕ぐらいの平凡な人間が間に歌おうものならば、その勢いを急激に失速させるのが目に見えているので、僕は聞きに徹することにした。そして、横に二見さんが座っているので、二人で見ているような感じになっているのだ。
三人が歌い、二人が見ている。地下アイドルの観客の方が少ないコンサートみたいになっているけど、今の僕にできることなど何もなかった。ただ聞くだけ。モブとはその程度なものだ。
こうして17時から19時まで2時間バッチリ3人の歌謡ショーを堪能してカラオケはお開きになった。
店を出てみんなで電車に乗り、降りる駅になった人から降りて行く形で分かれて行った。最初は日葵が降り、次に貴行が降りて行った。二見さんは、やはり僕よりも離れた駅だったみたいで、僕と天乃さんが先に降りることになった。
電車のドアが閉まるときに、二見さんが腰のあたりで小さく手を振ってくれた。僕は笑顔で返した。
電車のドアが閉まり、車両が動き始めると僕と二見さんの心につながった見えない糸のようなものもドアで断ち切られ、彼女と共に連れ去って行ってしまった。
彼女の意図は分からないけれど、初めて告白されてOKしたので、僕の「初めての彼女」という事でいいだろう。僕は電車を見送り、既にレールだけになった駅のホームに立っていた。
「なになに?なにかあった?」
天乃さんが肘で小突いてい来る。この人は本当に読めない。つい1か月前まで他人だった僕にこうも親しく接してくるとは。しかも、最初の方は敵認定していたはずなのに……
「いや、その……」
「なに?好きになっちゃった?相手は3スターズの一人だよ?」
「うん……付き合うことになった」
「はあー!?どういうこと!?お姉ちゃんに詳しく教えなさい!」
帰りながら根掘り葉掘り聞いてくるのだけど、「お姉ちゃん」と言っても年は同じだ。しかも、相手は隣のクラス。天乃さんに話してしまっていいものだろうか。これもまた二見さんに許可を取らないと迂闊に話せなさそうだ。
僕と二見さんは付き合う上でいくつか取り決めをしていた。
二見さんの希望は「
僕の希望は、まだ教室では二人が付き合っていることを秘密にしたいと言うことだった。出る杭は打たれる。付き合い始めた初々しい関係の僕らの柔らかい何かを金タワシでゴシゴシやるような言葉の暴力を恐れたというのが本音。
こんな可愛い人が彼女なら夕日に向かって叫びたいくらいだけど、僕はそれを控えた。二見さんは多少不満そうだったけど、それも一旦保留で落ち着いた。
ただ、分からないのは彼女の意図。僕みたいなモブに魅力があるのか……近づいてきた本当の意味を理解する必要がありそうだ。
天乃さんが僕の姉だと告げた直後に僕に告ってきた。天乃さんを意識していると考えるのが自然だ。そういった意味では、僕は二見さんの事を考える前に天乃さんについて考える必要がありそうだ。
天乃さんと二人少し暗くなった道を家へと歩く。人通りも少なくわざと別々に帰らなくても誰に見つかる感じではない。
彼女との出会いは1カ月以上前になる。それには僕にとって辛いことを思い出す必要が出てくる。もう1カ月。まだ1カ月。ぼんやりと思い出して……
「ねぇ、夕飯何にする?」
いま、良い流れで思い出そうと思っていたのに、天乃さんの呼びかけで邪魔された。
「え?今から帰って作るの?」
「もう今から帰って作らないわよ。どっかで食べて帰りましょう、ってこと」
「ああ、鉄平さんは?」
僕は父のことを「鉄平さん」と呼ぶ。「お父さん」と呼ぶのが正解なのかもしれないけれど、それは正妻の子、天乃さんに譲っている。「
このあたり、小説家のはしくれとしての僕はこだわりたいのだ。だから、名前で「鉄平さん」。誰からも不満は出ない落としどころだったのかもしれない。
「お父さんは、食べて帰るって」
鉄平さんが食事をして帰るのならば、僕らは自由。コンビニで弁当を買って帰ってもいいし、スーパーで売れ残りのお惣菜を買ってもいい。ただ、五十嵐家は割と裕福みたいで、こういった時は外食というのが定番らしかった。
そうなると、なにを食べるかになるわけだが……
「なんでも……」
「なんでもいいはダメよ。自分が食べたいものを言って」
姉上様は厳しい。最後まで言わせてもらえない。食い気味に否定だった。ファミレスでメニューを見ながら決めたいところかな。今すぐ食べたいというほどの物は思い浮かばず、誰かに何かを勧めてほしい気分だった。しかも、義理の姉とはいえこんな可愛い子と2人で外食とか僕には荷が重かった。
「じゃあ、ファミレスで」
さて、改めて、僕と天乃さんの出会いは……
「ファミレスは中華と和食と洋食があるけど?」
「んー、和食で」
また、邪魔が入った!思いにふけれない。
「流くん、和食派?これまで洋食ばっかり作っちゃった」
「そういう訳じゃないですけど、洋食が多かったからあえてなのか、今はその三択なら和食かな、と」
「ふーん」
分かった。彼女は、僕に考え事をさせないつもりだ。話しかけてきて考えがまとまらなくさせる作戦だろう。
「それにしても、良いわね。あんな可愛い彼女さんができちゃって」
「それに関しては、僕もまだ受け止めきれていません。なにか裏がある可能性だって……」
「二見さんそんな印象じゃないけどなぁ……」
女の勘だろうか。それは、僕には分からなかった。でも、彼女の目的というか、求めているものも分からなかった。僕が王子様とかあり得ない。彼女の勘違いならば、僕と付き合うことで、その「めっき」はたちまち剥がれ彼女は幻滅して僕は振られるだろう。
僕としては、まかり間違ってできた彼女だとしても、あんなに可愛い彼女ならば縋ってでも長続きさせたいところだ。彼女に直接聞くのも手だし、僕は僕で分析しておく必要があると思っている。
「ねぇ、なにしたらあんな可愛い彼女ができるの?私よりも先に彼女を作るなんて……」
「それは僕の方が知りたいです。それを考えようとしていたら、なにが食べたいとか、和食がなんだと……」
「それは、ほら……姉の可愛いやきもちじゃないですか」
1歩前を歩きながらくるりと振り返り、口を尖らせて不満を述べる姉。その顔が可愛いからまた困る。少年マンガのラブコメじゃないんだから、こんな可愛い姉ができたら弟は不幸だ。朝出かける前と帰ってからこの整った顔を見るのだ。普通の彼女だったら見劣りするだろう。
それに対抗できるような僕の知り合いは、二見さんと、もう一人くらいしか思いつかない。僕は二見さんをつかまえておくしかこのジレンマから逃れる術はないと思っていた。
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