第4話:暴露と告白

円柱の一人用の椅子に座っていた僕が席選びを間違えたのだろう。天乃さんが僕の後ろに立ち、首に手を回して言った。



「もう、私たち家族と言っても過言ではないわ!」


「おい、おい、おい!流星、ホントかよ!?どうなってるんだよ!」



さすがに貴行も気になったみたいだ。そりゃそうだ。天乃さんがこんな気になる言い方をわざとしているのだから。普通に聞いたら、「付き合っていて、既に結婚間近」みたいな意味にも取れるはず。



「天乃さん!」



さすがに、行き過ぎていると思い抗議の一言目を口に出した。



「それだよ!いつの間にか、流星、五十嵐さんを下の名前で呼んで……」


「すごい!スクープ!?学校内のスクープなの!?」



貴行も日葵も楽しそうだ。



「みんな、落ち着いて。これは天乃さんのいたずらだから。僕は家庭で色々あって今は五十嵐家でお世話になっているんだ」


「つまり、結婚……?」



日葵が混乱しているらしい。



姉弟きょうだいだ!」


「あちゃー、流くんもうバラしちゃった……」



天乃さんが残念そうだ。



「僕の交友関係で遊ばないでください」


「ふふふ、でも、色々わかったわ♪」



姉上様はご満悦のようだ。僕が天乃さんを下の名前で呼ぶ理由は、家にいる人みんなが「五十嵐さん」で、今月から僕も「五十嵐」になってしまったからだ。もちろん、学校にいる時だけ、「五十嵐さん」と呼ぶことも考えた。


でも、自分も「五十嵐」なのに、天乃さんを「五十嵐さん」と呼ぶことにどうしてもしっくりこないと感じていたのだ。



「改めまして、流くんの姉でもある、五十嵐天乃です」



いたずらっぽい笑顔を浮かべて重ねての自己紹介をぶち込んできた。



「まじかよ!?だからか~!突然、五十嵐さんが流星の弁当作ってきたり~!」


「なんか今、私は歴史の証人になっているの!?」



貴行と日葵が混乱気味!?


天乃さんは同じ年だけど、たった1か月だけ天乃さんの方が早く生まれている。そのため、天乃さんは自分を「お姉ちゃん」と認識していて、僕に「弟」を強要してくる。


本当はもっと抵抗されて家に入れてもらえるなんて考えてもいなかった。父親だって今まで一度も見た事すらない人だ。それはまあ、当然だろうか。その理由の一つは、父、五十嵐鉄平氏の浮気の結果が僕という事にある。


五十嵐家は父親と娘の二人家族。いわゆる、父子家庭だった。もしここに母親がいたとしたら、話はもっと複雑で僕の入る余地は絶対になかっただろう。浮気でできた子どもとか、母親からしたら憎しみの対象でしかないのだから。


そういった意味では、父親の不実の結果である僕が天乃さんに受け入れられたのはいまだに不思議でしかない。まあ、今に至るまでに何もなかったわけではないけれど、それはまた別の話。



「僕は、ここにいる人以外にこの事実を伝えるつもりはないから!」


「それはどうかな~?隠し通せるかな~?」



あのいたずらっぽい笑顔。可愛いから質が悪い。天乃さん、いったいどうしたいんですか!?どこを目指してるの!?


17歳で突然同じ年の弟ができたら、絶対周囲から色々聞かれるし、聞かれたら答えないといけないでしょう。そんなことしなくていいように、僕は隠そうとしているというのに……


その後はみんな歌い始めた。貴行と日葵はウキウキしているようだ。そりゃ、隣のクラスの3スターズの一人、五十嵐天乃さんと友だちになったのだから。アカウント交換もしてた。


ふと気づけば、二見さんが静かだ。突然他人の家の大スクープを聞かされたんだ。さぞショックだったろう。その点はホントに申し訳ない。彼女には迷惑しかかけていない気がする。


悪気がある訳じゃないけど、結果としてそうなってしまった。途中は関係ないのだ。


思えば、二見さんとの本当の出会いは約一ヶ月前だろう。もちろん、同じクラスだから四月には顔を知っていたけど。


約一ヶ月前、僕が満員電車で電車通学をしていたらドアのすぐ前に二見さんが見えた。二見さんは外を向いてドアに押し付けられるように立っていた。そしてすぐ後ろにはサラリーマン風のスーツのおじさんが立っていた。


満員電車では、割とよく見かける光景ではあるけど、電車の揺れに関係なく身体はぴったりと押し当てられていた。そこに違和感を感じた。


ただ、クラスメイトだけど、話したこともない二見さん。しかも、彼女は3スターズの一人。僕との共通点なんてない。


ただ見過ごすと自分的に暫く引きずると思って、僕はドアのところまで人混みをかき分け進み、二見さんに声をかけた。



「今日の数学の宿題やりましたか?」


「え?え?あ、はい……」



ただ話しかけただけ。サラリーマン風のおじさんは違う方向を向いて逃げて行った。満員電車だからそんなに自由には動けない。今度は僕が二見さんの目の前に立つことになっていて、それ以上動けない。


しかも、体勢が悪く二見さんはドアに背中を向けてしまった。つまり僕と向かい合わせ。


僕は肘で後ろからの圧力に耐えようと思うけれど、満員電車の圧力はすさまじい。結果として、二見さんを抱きしめるような体勢になってしまった。


天下の3スターズの一人を胸に抱いていると思うと恐れ多くて冷や汗が出てきた。これって汗臭いよね!?


朝、いきなり普段話さないクラスメイトが話しかけてきたかと思ったら、身体を押し付けてきて、汗の臭いを嗅がせる……嫌がらせ100%ではないだろうか。


電車が駅に着くまで二見さんがずっとこっちを睨んでいた視線は感じていた。僕は怖くて目を合わせられないでいた。


あれ以来申し訳なさ過ぎて、二見さんとは教室でも目を合わせられない。何度か話しかけられそうになったけど、逃げてきた。



「高幡くん、ちょっといいかな」



ふいに二見さんに声をかけられ我に帰った。人差し指で外を指しているということは、部屋の外で話したいと言うことらしい。


やはり、一言直接言いたくなったらしい。ここは甘んじて受けるしかない。


僕は二見さんが退室した後に、続けて退室した。ドアの前では、二見さんが「こっち」と廊下の袋小路のところを指差していた。


なんとなく、袋小路の奥の方を案内され、いよいよ逃げ場はなかった。嫌な予感しかしない。


何について言われるのか。本当は、天乃さんと仲良くなりたかったのかもしれない。それをこんな形でぶち壊したことだろうか。


それとも、30分も話しかけてくれたのにたいした反応もしなかったことだろうか。それとも、1ヶ月以上前のアレについてだろうか……



「高幡くん、私と付き合って」



どこかに行くことをご所望だった。



「はい、いいですけど、どこへ?」


「そうじゃないわ。交際してほしいとお願いしてるの」



ちょっと待って。コウサイというのは、目の中の黒い部分のアレじゃないよな!?交際の交際だよな!?


真剣な眼差しでこちらを見ている二見さん。整った顔は本当にきれい。その美しい顔が緊張で強ばっている。早く何か答えなければ!



「あの……」


「はい!」


「なんで僕……なんですか?」


「少し前、電車の中で痴漢にあっている私を助けてくれたじゃないですか!」


「助けたというか……」



一応助けたという認識されていて安心した。僕の方が痴漢だと思われてもおかしくなかった。



「しかも、その後、ずっと抱きしめて守ってくれて……」


「圧力には耐えられなかったのですが……ずっと見られてたので、迷惑だとばかり……」


「気づいていたんですか?恥ずかしい。ずっと私を守ってくれている顔を下から見上げていると……高幡くんはかっこよく見えました。私の王子様が現れた、と」



睨まれていたと思っていたのだけど、見つめられていただなんて……人の受け取り方とは分からない。凄く良いように解釈した感じだけど、二見さんは、それでよかったのだろうか。



「二見さんは、3スターズの一人ですよね……」


「自分で3スターズなんて名乗ったことはありません。ただ、これまで否定もしてこなかったので、高幡くんとの交際に障害になるようだったら全力で否定しますけど……」


「いえ、それは必要ありません」



僕が、二見さんを3スターズから抜けさせた、なんてことがあれば、学校中から大ブーイングだ。僕の立場なんてすぐに消し飛ぶ。


彼女の不安そうな眼差しを1秒でも早く安心させたくて僕は一言だけ答えた。



「交際の件、ぜひよろしくお願いします」

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