第3話:秘密の関係
困ったことになっていた。イケメン貴行とショートカット美少女日葵が2人で楽しそうに話しながら歩いていた。
二見さんはモブである僕に話しかけなければならないという苦行を強いられている30分を過ごし、駅前の商店街に差し掛かったところで今日のカラオケのもう一人のメンバーである、天乃さんを見かけてしまった。
とりあえず、声をかけたら嬉しそうな笑顔で僕のところに駆け寄ってきてしまった。声をかけない訳にはいかなかったというのもある。僕は彼女を無視できない立場にある。
しかし、彼女は学校でも大注目の三大美少女の「3スターズ」の一人である。そんな学校内の有名人が僕みたいなモブに嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきてはいけないのだ。
ちなみに、何がどうバグったのか分からないけれど、先ほどから僕の隣で苦行を受けておられる二見さんも3スターズの一人。
彼女も相手がモブである僕に対しても、ニコニコ笑顔を絶やさず話しかけ続けるという偉業を遂げたところだった。
「
天乃さんが僕のことを「流くん」なんて親しげに下の名前で呼ぶから、僕の「彼女なんて知らない人」という演技は全く意味を成していなかった。
僕よりも彼女の発言力、情報発信力の方が明らかに強いので、僕の作戦なんて、そもそもあったのかどうかも怪しいレベルで誰の気にもとまらないようだった。
その変な空気を打ち破ったのは貴行だった。
「あ、五十嵐さんって、流星とどんな関係なんですか?」
その質問をしたころには、天乃さんは僕の横で僕の袖を摘まんでいる状態だった。これは「無関係です」と言っても辻褄が合わない状態になっている。
しかも、いたずら心からニコニコしてる。この状態で「無関係だよ」なんて言おうものならば、いくら3スターズの天乃さんでも頭のおかしい人認定は避けられない。
僕と天乃さんの関係について僕には語る権利がない。仮に誰かに話すとしても、僕だけの問題ではないので必ず彼女の承諾が必要だ。その情報が漏れた時のダメージは僕よりも彼女の方が圧倒的に大きいのだから。
彼女が話す場合は、何を、どこまで話すのか、僕としては見極める必要があった。そして、それに合わせて話をするようにしないと、これまた彼女に迷惑をかけるという、実にナーバスな仕様になっていた。
「私と流くんの関係はねぇ……カラオケのお部屋で話そっか♪」
嬉しそうに話す天乃さん、二見さんが面白くないといった表情だったのを僕は見逃さなかった。
さっきまで僕というモブに話しかけ続ける苦行の最中でも笑顔を絶やさなかった二見さんが表情を曇らせるのは変だと違和感を感じていたのだ。
***
5人でカラオケ屋に入った。予約は既にネットで完了していたみたいで、部屋も事前に決まっていたらしい。
入店手続きもスマホのアプリで手続きができて、マイクなど必要な物は既に部屋に置いてある。全く誰にも会わずにカラオケの部屋にたどり着いてしまった。最近は色々進化しているらしい。
基本のドリンクバーは最初から付いていて、アルコール類を追加する場合のみ端末から操作可能になっていた。
ドリンクバーは廊下のジュースディスペンサーによりセルフで注げるようになっていて、店員さんは部屋に一切来ないようになっていた。
歌っている最中に店員が飲み物を持って入ってきて気まずくなるようなことは、もうないらしい。いつ何の話をしていても、カラオケボックスとは秘密を守ることができる場所という事になる。
全員、一旦廊下に出て思い思いに好みの飲み物を注いで部屋に戻った。
「初めましての人もいると思うので、一応自己紹介しますね」
天乃さんが、曲を入力する前に言った。平日の夕方なのでかなり広い部屋を確保できたみたいで詰めれば15人くらい入りそうな大部屋を5人で使うことになった。
マイクのスイッチは入っていないけれど、マイクを持って話す姿は既に可愛い。彼女は天性のアイドル気質があるようだ。
「3組の
人差し指を頬に添えてのウインクが可愛い。ああ、彼女は人気者なのだろうなぁ、と実感させられる。
「はい、はい、はーい!流星とはどんな関係なんですかー?」
貴行が代表して棒読みで質問した。みんなを代表した形だろう。天乃さんが、ちらりとこちらに視線を送ってきた。一応「話してもいいの?」という最終確認だろう。
貴行と日葵に関しては、僕的にはかなり信用しているし、心を許していると言っていい。彼らには全てを話してもいいと思っている。また、いつか話さないといけないと思っていた。
二見さんに関して……まだ、あまり知らないけれど、信用していい相手だと何となく理解している。僕は天乃さんにコクリと無言で頷いた。
あまり公にしたくない話をするとしても、ここはカラオケボックス。周囲に音が漏れにくいよう一応、防音されている。
マイクも使わず話している程度ならば周囲に声が漏れたりはしないだろうし、多少漏れたとしても、多くの人は歌いに来ているので気にも留めないだろう。
「私と流くんはねぇ……一緒に住んでまーす!」
「んなっ!」
驚きの声を上げたのは、二見さん。
貴行と日葵は好奇心100%の笑顔が輝いていた。
僕は……頭痛がしていた。どうしてこの人は、こうやって一番誤解される言葉を選ぶのだろう……
「ほっ、本当なんですか?!高幡くん!?」
隣の席に座っていた二見さんが一番驚いていた。問われたことに答える前に色々と言いたい事はあるのだけど、ここはぐずぐず答えるのを期待しているとは思えない。
「イエス」か「ノー」で答えるのならば「イエス」になってしまう。これは僕が貴行や日葵に話せないでいることの一つなのだ。
話したくても話す権利がないので話せないでいて、ただ罪悪感だけ感じ続けていた内容だ。貴行と日葵がもっと喰いつくと思ったのに、一番のリアクションは意外にも二見さんだったのだ。
僕が驚いているのには2つの理由があった。一つ目は貴行たちよりもリアクションがあったことだけど、もう一つは、彼女は元々いつも冷静でクラスでは「クールビューティー」なんて言われているほどなのだ。天乃さんの一言でいつもよりリアクションが大きい。
この後、その理由を僕は知ることになる。
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