第2話:クールビューティーとカラオケ

昼休みちょっと面倒なことになっていた。天乃さんにメッセージを送るだけなのだけど、文面を思いつかない。



『友達にカラオケに一緒に行こうと誘われています。断っておきます』



娘の親か。しかも頑固おやじ。勝手に断っている辺りね。



『天乃さんと知り合いだと分かったら友達にカラオケに誘えと言われています』



主語と述語はどれだ。書いた本人は分かっても、受け取った人間にとっては怪文書ではないだろうか。どうやら、今の状況を1文では伝える能力が僕にはないらしい。自称小説家としては、こんな駄文をSNSとはいえ残すわけにはいかない。


何とか昼休み中にメッセージを送ってしまいたいと、教室の机でスマホ片手に格闘していると、声をかけられた。



「五十嵐さんと出かけるの?よかったら私も誘ってくもらえないかしら?」



我がクラスにも「3スターズ」の一人がいる。それがこの二見天使ふたみてんしさん。背中までの長い髪と大きな目、そして、静かな物腰が特徴的。クラスでは「クールビューティー」と賞されている。


栗色の少しウェービーな髪が特徴的で、ダバーッとロングなのが目を引く。色白で少したれ目なのが魅力的だ。


普段僕は、その二見さんに話しかけられるようなことはないので、これも天乃さん効果だと言える。


しかし、困ったことになった。天乃さんに連絡したと嘘をついて誤魔化そうと思っていたのに、二見さんに頼まれたとあっては、一度は連絡しないといけない。二見さんとは……ちょっとアレなのだ。



「分かりました。ちゃんと・・・・声をかけてみます。それでも断られたらすいません」


「いえ、十分よ、ありがとう」



それだけ言うと、二見さんは自分の席に戻ってしまった。お礼の先出し(?)をされてしまっては、なんとか約束を取り付けたい。自発的な義務感で動き始めた。



「今度は二見さん!?どうしたの!?」


「すごい!モテモテじゃない!?」



また貴行と日葵に揶揄われている。やめていただきたい。僕みたいなモブは3スターズの一人に話しかけられるだけで大事件なのに、1日で2人に話しかけられるなんてキャパを超えている。その上、この二人に揶揄われるとか、もはや拷問では!?


しょうがないので、天乃さんには一方的に怪文章を送るのではなく、ある程度やりとりをして一応「お願い」してみることにしようか。



『行くわ!今日よね?駅前で17時に待ち合わせでどう?』



僕の重たい気持ちと、不安を蔑ろにしてめちゃくちゃ軽いOKの返事が来てしまった。二見さんに色のいい返事ができる反面、貴行と日葵はいいものの、二見さん、天乃さん、そして僕という、5人中2人が3スターズという豪華カラオケになってしまった。


なんとか僕だけ合法的に抜ける方法はないだろうかと考えていると後ろから話しかけられた。



「高幡くん、OK取れたみたいね♪何時にどこに行けばいいかな?あ、それとも一緒に行けばいいのかな?」



なんでこの人は、僕が見せてもいないメッセージの内容を知っているのか。それでも、ここまでバレているとあっては僕にはどうすることもできそうにない。教室からずっと一緒に歩くなどとても間が持たないので、時間と場所だけを伝えて別々に行くことを選んだ。


併せて、貴行と日葵にも伝えた。もはや彼らたちが頼みの綱となっている。どんな女神のいたずらなのか、3スターズのうちの2人を連れてカラオケに行くというリア充イベントが発生してしまった。


どこにそんなフラグがあったのか。時間を遡ったら別の選択肢を選びたい。……残念ながら僕にはそんな能力はないのだけれど。



***



放課後、貴行と日葵みちずれたちと共に駅前に向かった。


ちょっと気が重くなってきた。貴行はイケメンでクラスでも人気だ。狙っている女子も多いように思う。


だけど、日葵と仲が良いのはクラス中が知っているし、誰もが認める仲なので、誰もが知る事実として貴行にアタックをかける女子はいない。


それに安心して、日葵はぬるま湯を継続中だけど、ここに何か起こらないことを願う。他人事ではあるけど。


貴行と日葵が並んで歩くと、必然的に僕と二見さんが横並びになって歩くことになる。僕から彼女に提供できる話題なんてないのだけれど、黙っているのもなんか悪い。


駅までの約30分の道、前を楽しそうに話しながら歩く貴行と日葵の後ろで、黙って二見さんと並んで歩いていた。



「本村くんと鏡さんって付き合ってるんだっけ?」



突然、二見さんが話しかけてきた。流石に長い沈黙に耐えかねたのかもしれない。僕みたいなモブでも彼女の話し相手が務まればいいのだけれど。



「どうでしょう?まだどちらも決定的なことは言ってないみたいですけど」


「そうなんだ。意外ね」


「二人は小学校から同じ学校みたいなので、僕では分からない関係があるのかもしれません」


「そう……素敵ね」



はい、話終了。あと20分は黙って歩くことになる予定だ。……予定だった。



「高幡くんも、あの時は素敵だったわ。私、ときめいたもの」


「それはどうも……」



彼女が言っていることに思い当たる節がない訳ではない。通学中にあったちょっとしたことを僕が助けた様な形になっただけだ。


助けたのかだって怪しいくらいのほんのちょっとしたこと。翌日には忘れてしまうような些末な事象だった。いや、忘れてしまいたいと願っていたと言ってもいい。


ただ、そんな些末な事象を取り出してこないと僕と二見さんの共通の話題はないくらいつながりがないという事でもあった。


その後も、二見さんが話しかけてきて、僕が答えるという感じで会話は続いた。共通の話題が無い中、歩きながら約30分間、よく話すネタがあったな、と僕は感心した。


会話を切り上げようとしたわけではないけど、早く「話さなくてもいい空気」を作ってあげれば彼女が楽になると思ったのだ。


それなのに、二見さんは駅までの約30分間、僕に色々な話題を振って会話を続けた。多分、既に相当ライフが削られているはず。


せめてカラオケ屋ではあまり近くに寄らないようにして、これ以上の負担が無いようにしてあげたいところだ。


3スターズの名に恥じないいい人だと僕の印象は以前より更によくなったと思う。


そして、地下鉄の駅が見えてきた。昔から駅周辺は高校生や大学生が多くて商店街なども栄え、学生街の様相を呈していた。


通りに面した建物こそ背の高い建物が建っているけれど、一本通りに入ればワンルームのマンションやアパートが多いところだ。


商店街は歩行者天国になっていて、約2kmに渡って道の両脇に色々な路面店がならんでいるのがこの駅の特徴だ。


その路面店の中にはカラオケ屋も何件かあり、高校生向けに平日の割引料金が設定されていて、ファミレスでドリンクバーとポテトを頼むよりカラオケ屋に行った方が安上がりになるくらいの料金設定がされていた。


待ち合わせの駅に向かって商店街を歩いていると、目の前にもう一人の3スターズである、五十嵐天乃さんの姿が見えた。


他の人は彼女が目の前を歩いていることに気づいていないのか。僕が彼女に気づいたのは、恋愛感情とかそういった浮ついたものによるものではなく、単純に目撃回数が他の人より圧倒的に多かったことによるものではないだろうか。


気付いてしまったからには声をかけないというのも、なんだか申し訳ない。



「天乃さん!」



それほど大きな声ではなかったはずだ。なにしろ、僕の前には貴行と日葵も歩いているのだから。その数人前の人に声をかける程度の大きさの声。それなのに、彼女は後ろを振り向き僕に気が付いた。



「あ、りゅうくん!」



彼女は振り返ると嬉しそうに僕のところに駆け寄ってくるのだった。

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