第5話 ツボにはまる
やがてデートを重ねて、体も重ねる仲にまでなった二人。
出会って1か月が過ぎたとき、二人は千葉県にある『秘密の壺』と呼ばれる観光スポットへデートで来ていた。
ここの観光の目玉は、人の頭がすっぽり入るほどの大きな壺だ。この中に、誰にも言えないような秘密を言うと、気分が晴れ、全ての物事がスムーズに進み幸せになれるのだとか。
雅人が早速、壺の中に頭を入れて何かを言って、頭を抜いた。
「次、美紀さんやって」
「私はいいわ。こういうの信じてないの」
「いいじゃん。絶対スッキリするから。早く♪早く♪」
美紀は、無邪気に催促する雅人を見て、いとおしく思いながら、少しだけ抵抗する自分と催促する雅人とのやり取りを繰り返しながら、それを楽しんだ。
最終的に美紀は髪をかき上げて、仕方なく壺に頭を入れて秘密を洩らした。
「私、今、警察官の夫をあざむいて、ロマンス詐欺の新人君に恋しちゃってまーす」
浮かれた様子の美紀は、大声で叫びたい気持ちを押し殺ながら、そうささやくと、壺の中から頭を抜いた。
待ち構えていた雅人が質問した。
「何を言ったの?」
「それを言ったら秘密じゃなくなっちゃうじゃん!」
「教えて♪教えて♪」
ここでも美紀は楽しんだ。
美紀が運転する帰りの車内で雅人は、美紀の家へ遊びに行きたいと言い出した。夫との生活の場である家へ来られることに、そればっかりは本当に無理だと雅人へ答えると。
「たまにはスリルも楽しもうよ」
と、今まで弟キャラで通していたはずの雅人が、初めて悪い部分を見せてきた。美紀はそのギャップに改めて惚れ直してしまった。
今は昼で、夫は仕事で帰ってこないし、車を車庫に入れてしまえばご近所さんからの目も逃れられるだろうと、美紀は雅人の要求を渋々了承した。
家に着くと、美紀は自分の家なのになぜか落ち着かず、雅人よりもソワソワしてしまっていた。
雅人は通されたリビングのソファに座りながら、慣れた手つきでお茶を入れる美紀を見つめて体を求めようとすると、ここでそれだけは断固無理だと美紀は制止した。
「冗談だよ。お茶を飲んだら帰るよ」
笑顔で話した雅人の言葉に美紀は、本当に冗談だったのだろうかと懐疑的な面持ちであったが、ここでそうなったときの事を想像していたことも事実であった。
しばらく話をして、雅人がトイレを貸してほしいと言ってきたので美紀はその方向を指さして教えると、雅人は立ち上がってトイレへ向かった。
その後、なかなか戻ってこない雅人を気に掛けていると、廊下の奥にある夫の書斎で物音がした。
美紀が近づくと、そこには雅人がいた。
「おっと。迷っちゃった。ごめんね」
こんな狭い家で迷うはずがないと思いながらも、どうせいつもの冗談だろうと美紀は愛想笑いをして
「もうっ!びっくりしたじゃない」と言いながらじゃれ合うと、
「じゃあ、そろそろおいとまします」と言って雅人は帰っていった。
夫との生活の場に恋人を連れ込んでしまった美紀は、罪悪感と共にある高揚感に浸りながら、雅人が残したお茶をゆっくりと飲み干した。
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