第2話 メラメラハート


「ビキです。メッセージ見ました。私でよければ、お友達になりましょう」


 美紀がノクシィで使っているハンドルネームは『ビキ』だ。メッセージを送ると、すぐにマートから返信が来た。


「ビキさんお返事ありがとうございます。僕が以前、住んでいたカナダの山奥では、ラッコがたくさんいて、ビキさんのイラストを見て思わず懐かしくなってメッセージを送ってしまいました。これからどうぞよろしくです」


 美紀は、彼がラッコとビーバーを間違えているのではないかと思ったが、どうせすぐに縁を切るだろうからと指摘はせず、他愛もないメッセージのやり取りを始めた。


 その日の夜、美紀の夫である圭一けいいち35歳は0時を回ったころに帰宅した。

「今日も遅かったのね。食事温めるわ」

「いや、食べてきたからいいや」

「そう」

 以前の美紀はここで怒っていたはずだが、彼への思いが覚めてしまった今ではケンカする気さえも起きないのであった。


 数日がたった頃、マートが愛情を表現するようになってきた。


「今日は一日中、ビキさんのことを考えていました。あなたの澄んだ心に僕の心はメラメラです」


 彼はメロメロと表現したかったのだろうと、少し抜けたところがあるマートに、美紀は騙されたふりをしているとわかっていても興味をわき始めていた。


「私もよマート。なんだか不思議ね。相思相愛って本当にあるんだね」


 さらに数日がたち、その時が来た。


「ビキさん聞いてください。実は昨日、母が病気で入院してしまいました。手術に大金がいるようです」


 美紀は分かっていた。こうなることを。そして、お金を要求してきた時が別れの合図だということを。

 しかし、遊び感覚で始めたはずなのに、寂しいという感情が出てきたことに美紀自身、驚いていた。美紀はこれで最後にしようと、マートが困るだろうと思ったメッセージを送った。


「お母さん大変ですね。私も心配しています。今まで隠していましたが、実は私、医者なんです。病名は何ですか?薬は何を飲んでいますか?病院はどこですか?先生のお名前は何ですか?お見舞いに行きます」


「ご心配いただいてありがとうございます。僕はあまり詳しく聞いてなくて、父がいろいろとやっているようです。ただ、少しでいいのでお金を貸していただけないでしょうか。必ず返します。直接お会いしていただければ安心していただけるはずです。僕とビキさんの相愛を確認しましょう」


 食い下がってきたマートに美紀は驚いた。さらに、この種の詐欺の常とう手段である足のつかない送金方法ではなく、直接現金を要求してきたのであった。

 美紀はやはり、詐欺師としては駆け出しの新人だろうと思い、この際だから、未来ある若者のために説得して更生させてあげようと考えたのであった。


「わかりました。少しでよろしければ、お貸しします」

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