第46話 大舞台へ

 パレードの櫓と外廊は移動要塞と呼んで差し支えない。表からは「ゴーストテック・インダストリ」「灵東製鉄公司」「南東電子工業集団」といったパレードを支援する軍需企業の広告しか見えないが、中を見れば、幽灵中心へ攻め入った際に使うと思われる銃砲が何挺も隠れている。

 集まってくる見張りを一人一人切り倒し、蜥蜴の間を飛び移って前の櫓へ進んでいく。アヤメと力を合わせて切り抜けた先で、ようやく目当ての場所が見えた。


「アヤメちゃん、あれ!」


 二人は柱の陰に隠れて「大舞台」の様子を窺う。

 逆台形状に広がる構造物を支えるのは作りも守りも堅固な構造だった。中央の部屋から大舞台へ上り下りできるが、それを囲む外廊は二段に組まれ、警備も硬い。一度に相手しなければならない人数は多く、足場も狭いからこれまでのようにはいかない。


「うわぁ、沢山いる」

「十人はいるな……師匠と連絡は取れるか? 前方で陽動してもらおう」

「……それしかないね。待ってね、今メールする」


 京華はカンナへ向けて、自分の電話番号と、前方で陽動を頼めないかのメールを送る。ただ向こうも戦闘中だろう、他の方法を二人で模索していると……


『やあ二人とも、苦戦してるみたいだね』


 上からカンナの声が降ってくる。見ると、外廊の梁の上に一羽のカラスが止まっていた。瞳には、太刀を振るっているカンナの姿が映っている。通信の片手間に戦っているのだ。


「カンナさん」「師匠!」

『私の心配はいらないよ、こんなの準備運動にもならないからね。それでどうした?』

「……今、シェン・ウーの待つ櫓のすぐ後ろにいるんですが、見張りが多くて動けなくて。そっちで何人かだけでも引きつけてもらえませんか?」


 一通りの話を聞いたカンナが唸る。カラスの瞳越しに二人の状況も確認し、今彼女たちに必要なものを理解したのだろう。


『そういうことなら分かった……が、だったら行くのは私じゃないね。スザク!』

『ここです!』

『スズちゃんからのお願いだ! あのクソトカゲのドタマへ一発ブチ込んでこい!』

『了解! 共に戦線を張れて光栄でした、カンナさん!』


 通信越しにスザクの声が張り上げられると、それからしばらくもしないうちに、櫓が大きく揺れて前方へ傾いた。二人が柱に捕まりながら前を見ると、どうやら、一番前を歩く大蜥蜴の動きが止まり、櫓の玉突き事故が起きたらしい。


 見張りの毒蛇の半数が前方へ流れ、京華たちの潜む後方側が手薄になる。

 スザクが作った絶好の機会だ。二人は息を合わせて櫓を飛び移る。


「押し切るぞ!」「うんっ!」


 二人は体内で練り上げた気を刃へ纏わせ、残った敵を薙ぎ払うように横一文字に斬る。陽気と陰気はそれぞれ刃の形となり、辺り一帯の空気を切り裂きながら爆発を起こす。

 そして遂に、大舞台へ続く昇降機の前へ辿り着いた。

 大蜥蜴の行進は止まっている。だが、それを良いことに、大通り沿いの建物に潜んでいた援軍が駆けつけていた。後続の数は読めず、このままでは埒が明かない。


「用意周到な奴だ…。最初から私たちが来るのを見越して忍ばせていたのか」

「アヤメちゃん、ここで抑えておいてくれない?」

「スズ? おい、待て、何のつもりだ――」


 アヤメが振り向くと、そこでは、京華が自分の左手に黒い気を纏わせていた。色が示すのは陰気だった。本来、明花には操れず、身体を破壊する毒となる――


「……今の私なら、負けないよ。信じてくれる?」


 陽気と陰気を同時に操れる、この世界における「外れ値」。京華は後天的にその才能を開花させたのだ。だが、それは彼女が人間本来の道から外れつつあることも意味していた。

 それがどのように身体に表れるかは分からない。だけど、今は、怖くない。


「……本当に、いいんだな」

「うん。少しだけ、お願い」


 二人で敵わなかった相手に一人で挑むなど、とても正気ではない。

 しかし、京華の顔には余裕があった。自分が変わってしまった悲しさこそ滲んでいるが、戦いを前に怖気付いたり、迷ったりしている様子は全くない。

 アヤメは、全てを託すように、京華の肩をぽんと叩いた。


「私も区切りがついたらすぐに行く。つまらんことで死ぬんじゃないぞ!」


 返事の代わりに、京華は、アヤメの頬へ優しいキスを贈る。そして、丁度良いタイミングで口を開けた昇降機へ乗り、決戦の大舞台へと進んでいった。

 一人残されるアヤメ。彼女は迷わず、迫り来る敵へ向かって大太刀を構えた。


「――さて、こんなところでやられるわけにはいかんな!」

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