第45話 最後の戦い

 永遠の夜が約束された街、幽灵城塞。

 中心都市である「幽灵中心」から、南東方面へ向けて幹線道路「南東大門路」が伸びている。普段は城塞内の流通を担うトラックが多く見られるが、今は人の背丈を軽く上回る巨大蜥蜴が隊列を作って行進していた。蜥蜴の背には木製のやぐらが組まれ、軒先から紫色に輝く提灯が降りている中、青白いレーザーライトが四方を照らしていた。


 歩道に押し寄せた幽灵の人々は瞳の色を赤に染めている。彼らは狂気の集団となり、歩道から歓声を上げ続けていた。その視線の先、大舞台のスクリーンには蛇顔の男が映る。


「神が記した偽りの物語は幕を閉じる! 次の舞台は、我々人間が作る!」


 櫓の外側を取り囲む外廊には蛇と蛇が絡み合う「深淵」の紋章がホログラムで映し出され、それらを背に、緑のタクティカルジャケットを着た構成員たちが威圧的に並んでいる。

 大型スピーカーから流れる重厚感のある電子音楽と、異国の言葉で綴られたラップ。それに合わせ、両手に剣を手にした毒蛇らが踊りを披露していた。観衆はこの不気味な催しにすっかり魅了されていた。誰もこれが異常だと気付かない。


「民よ! その不安と恐怖を糧に、陳腐に成り果てた世界は新生リメイクされる!」


 京華とアヤメは、列の最後尾を行く大蜥蜴を追いかけていた。狂気に毒された観客らが路上に進出していたが、彼女たちに興味を抱く者は誰もいない。


「あの櫓に乗れば、きっと……でも、どうしよう」

「大蜥蜴自体が巨大だから、上るのにも苦労するな。見張りもいる……」


 走る二人の前方には、彼女たちの身長よりも高い図体を持つ巨大蜥蜴の後ろ姿があった。上に作られた櫓とその外廊には、侵入者に対策する見張りの蛇仮面らが立っており、そこまでたどり着くのも一筋縄ではいかなそうだ。

 シェン・ウーの元へ行くためには、まず、あの櫓まで上らなければならない。だが、真っ直ぐ向かったところで迎撃されるのがオチだ。二人が頭を捻っていると……


『おっ、いたいた!』


 聞き覚えのある声が拡声器越しに聞こえてくる。

 大通りの脇道から、全身を強化外骨格に包んだ緑色の重装備兵が向かってきていた。突然のことに驚いた京華はアヤメの背後に身を隠してしまう。


『スズラン、ボクだよボク! ……ああ。あの時意識なかったんだっけ?』


 二人の前にやってきた「それ」は、立ち止まるとフェイスシールドを上げて顔を露出させる。声が示していた通り、中にはゲンブが入っていた。相変わらずぼさぼさの髪だ。


「ゲンブさん!?」

「いったいここで何を……」

「カンナさんに恩を――じゃなかった、世界を救うお手伝いだよ。スザクは隊列の前に向かってる。いやー、会えて嬉しいよ。あのシェン・ウーとか言う奴の『眼』でここの連中はおかしくなっちゃったんだ。できるなら早く帰りたいんだけど……」

「シェン・ウーがどこにいるかは分かるか?」

「前方から二番目の蜥蜴の上――そこが大舞台になってて、奴はそこで演説してる。二人はどうするの? 乗り込むなら手伝うよ?」


 京華とアヤメは顔を見合わせる。そして頷いた。ゲンブの装備があれば……


「ゲンブさん、私たち、あの櫓に乗りたいんです。手伝ってもらえますか?」

「しょうがないなぁ。よし、ちょっと耳塞いでて!」


 二人は言われるまま耳に指を入れる。ゲンブはフェイスシールドを下ろして大蜥蜴を向く。アームに取り付けられたガトリング砲が敵を真正面に捉え、一斉に火を噴いた――


射撃開始ファイヤー!』


 回転する砲身から撃ち出される銃弾が、蜥蜴の身体に次々と突き刺さっていく。櫓の後方部に立っていた見張りは転げ落ちる。外廊の一部も損傷し、侵入しやすくなった。射撃終了と共に行進も止まる。だが、銃撃による脚の負傷は既に塞がり始めていた。


『うへぇ、これじゃあキリないな……仕方ない、二人とも捕まって! 乗り込むよ!』

「スズ、行けるな?」

「大丈夫! ゲンブさん、お願いします!」


 残りのアームに京華とアヤメがしがみつく。ゲンブはそのまま、二人による加重をものともせずに走り出した。櫓との距離が縮まるも、その間に銃撃の傷が完治してしまう。


「わっ、治っちゃった」

「なんて回復力だ。シェン・ウーが操っているのか……」

『二人とも、飛ぶよ! しっかり捕まってて!』


 再開される行進。ゲンブは二人を乗せたまま、脚に力を込めて高く飛び上がる。直後、外骨格のスカートが開き、脚部に仕込まれたロケットエンジンが火を噴いた。轟音と共に三人は空へ舞い上がる。


「と、飛んでるっ!」

『すぐに着陸ランディングする、口は閉じて! 舌噛むよ!』


 推進力を最大にした「ゲンブ」は破損した櫓の外廊へ飛び込んでいく。

 残ったアームを引っかけるように姿勢を安定させる間、京華とアヤメは櫓へ飛び降り、武器を取って臨戦態勢に入った。ゲンブは櫓を離脱し、パレードの後方で地に足着ける。

 京華とアヤメの侵入を察知したのだろう。周囲の建物から現れた毒蛇たちが、最後尾の櫓から乗り込んで挟み撃ちにしようと、大蜥蜴の元へ迫っていた。


『二人とも、あとは頑張って! ボクはこいつらをなんとかする!』


 高周波ブレードを抜き、背後のアームと合わせて六刀流の状態になったゲンブ。彼女の激励を受けた京華とアヤメは、すぐさま外廊を回ってシェン・ウーの元を目指し始める。

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