第41話 修羅の道
京華が屋上への階段を進む時、アヤメの遺体を背負って降りる一人の少女とすれ違った。彼女は怯えた様子で京華から逃げていくが、彼女はそれに一切構うことなく歩を進める。
そうして、数刻振りにシェン・ウーと再会を果たす。蛇の顔の男は、見違えるような顔つきの京華を見て舌舐めずりをした。
「また顔が変わったな。第一章とは大違いじゃないか、救世主」
「殺す」
「言葉は不要か。では、始めよう」
屋上は、風の音以外は嘘のように静まりかえっていた。
京華は低い姿勢から、二刀流で真っ直ぐ襲いかかる。何の小細工もなしに正面突破を選んだ彼女を前に、シェン・ウーに一瞬の怯みが生まれた。電光石火の一撃はジャマダハルで防がれるも、前回と違って彼を一歩後退させる。
「ああ、強くなっているぞ、救世主」
「っ――」
「随分と無愛想になったな。まあ、どうでもいいことか」
限りなく純度の高い殺意が形となった攻撃。剣戟の中で京華は徐々に周りの気を刀へ練り込んでいく。先程カンナへ食らわせた、傷口の陰陽バランスを崩壊させる一撃をこの場で再現するために。
そして遂に、先程よりも早く柳葉刀へ一撃分の「気」が錬成された。
負傷を覚悟で距離を詰め、渾身の刃を繰り出す。それこそ差し違える勢いで――。
(ここだ……!)
確かな手応えがあった。
だが、京華が刺したのは、道着と袴を着て、大太刀を佩いた女……アヤメだった。
「え……」
数刻前、操られてアヤメを貫いたあの時の光景が蘇る。
彼女の影は、抜き身の大太刀を手に京華を追い詰めていた。尻餅をついて後ろへ下がろうとするが、アヤメの影はどれだけ逃げても距離を離せない。
「待って、アヤメちゃん、やめて!」
『スズが私に一度やったことだ、私がスズにやってもいいだろ?』
大太刀の刃が、京華の身体を串刺しにした。悲鳴。そして、痛みに悶える呻き声。苦しむ少女の横で、シェン・ウーが膝を折った。
「言ってなかったな。私には、人が持つ負の感情……怒りや恐怖を操る能力がある」
「いやっ! もう、やめて! 痛いっ、ああっ!」
「お前の抱える怒り、罪悪感は非常に扱いやすかった。そうか、これがお前の罪か」
「嫌ぁっ!」
無抵抗となった京華を「アヤメ」は貫き続ける。先程シェン・ウーと向かい合っていた京華と姉妹のようによく似た、生きた感情の感じられない顔だった。
『私だけを見てくれ。
『どこにも行かないでくれ。私を一人にしないでくれ』
『私の傍で、私のことを求め続けてくれ……』
「ちがう! こんなの、アヤメちゃんじゃ、ないっ……!」
半狂乱に陥った京華は彼女にやめるよう叫び続けていたが、傷口が広がっていくにつれて声も小さくなっていく。やがて、彼女は声の一つも発しなくなった。シェン・ウーは用事が済んだ様子で屋上から飛び降り、そのまま一陣の風となるように姿を消す。
激痛に悶えながら死を待つ京華。横で、アヤメの影が優しく囁きかけた。
『私は許さないぞ、スズ。お前は――悪い子だ』
京華は、ごめんなさい、と口を動かす。それが、彼女の最期の言葉だった。
――倒れたはずの京華は、暗いトンネルの中を歩かされ続けていた。周囲には息をするだけで肺が焼ける熱気が漂い、足下は靴を通しても我慢できないほどに熱されている。
(あれ、ここ、どこだろう……)
ぼろぼろになったセーラー服とスカートは、その襟と裾がそれぞれ破れて見る影もない。全く頭の働かない状況で京華は進み、トンネルの先の「赤の世界」に足を踏み入れる。
(ここは……)
赤く焼けた砂、白く輝くマグマの川、黒い灰で覆われた空。
京華は一目見て、ここが「地獄」であると分かってしまった。思わず下半身から力が抜けた京華はその場でへたり込むが、灼熱の地面で腿と尻を焼いてしまう。
「熱い……っ!」
咄嗟に出た一言の後に息を大きく吸い込み、京華は身体の内外を同時に焼かれた。迂闊に声も上げられない彼女は今の状況を受け入れられず、頭の中で必死に言い訳を探す。
(なんで、なんで地獄に来ちゃったの、私はなんにも悪いことしてないのに!)
(嫌だ!
「私のことを殺しておいて、それはないんじゃないか?」
京華の思考を読んでいたかのように、彼女の背後からカンナの声がした。振り返るがそこに彼女の姿はない。怯えた様子で周りを見回していると、京華の視界の外から、今度は別の人の声が聞こえてきた。
「おねえちゃん、わたしとあそんでくれなかったじゃん」
マリーの声だった。
恐る恐る、声がする方角――前を向くと、そこには、黒のゴスロリドレスに身を包んだ彼女の姿があった。腕の中には、彼女が愛用していた西洋人形「ペーター」の姿もいる。
「マリー、ちゃん……」
「おねえちゃんも地獄に来ちゃったんだ。お互い、悪い子だったんだね」
「いやっ、違うの、私は違う!」
「みんなそう言ってるよ。私がさっきまで見てきた人は、みんなそう」
微笑むマリー。遠くには、全身を炎に包んで声にならない叫びを上げる人影がいくつもあった。彼女はそれに全く興味を示さず、手に持っていた人形を地面へそっと立たせる。
「つまんないから、私といっしょに遊ぼ?」
遊ぶ、という言葉の意味が変わっているはずなどなかった。
京華の目の前で「ペーター」はその姿を大きく変え、かつて彼女を禁書庫で苦しめた時と同じ姿になって立ちはだかる。後ずさりをしようとしたが、地面に手を突くと、手のひらが音を立てて焼け焦げた。
「あぁっ!」
「ペーター、やっと遊べるね。
反撃するための武器など、今の京華が都合良く持っているはずもない。
京華は、身体が焼ける痛みに悶えながら、転がるように人形から逃げ始めた――
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