第27話 女剣豪の伝説

 微妙な空気で通話が終わると、カラスは逃げるように家から去っていった。やる気に満ちたゲンブがキーボードを叩いて神話の在処を調べている間、部屋の隅ではアヤメが体育座りで丸くなっている。京華はそんな彼女を心配そうに見ていた。

 そこへスザクがやって来る。冷蔵庫から出した紙パックの野菜ジュースを二人の前に置くとアヤメと向かい合うように座り、自分の分にストローを刺した。


「なんだ、落ち込んじまったか」

「そうみたいです」


 アヤメが隣の京華へもたれかかる。そのまま優しく抱き留められた。


「師匠がそういう人なのは、薄々、分かってはいたんだが……」

「アヤメちゃん、もしかしてカンナさんのことが……」

「その……『アヤメが一番だよ』って、毎日言ってくれて……」

「何だよ、ただの嫉妬じゃねぇか」

「わ、私は、もしかしたら、あの人の傍に居るべきではないのでは……」


 京華の腕の中でアヤメが唸る。スザクは飲み干したパックをゴミ箱へ放り投げた。


「アヤメ、お前の師匠が以前どこで戦っていたか、聞いたことはあったか」

「昔の話はあんまり……」

「そうか。まあ、そうだろうな……カンナという名前は、伝説なんだ」

「カンナさんのこと、知ってたんですか?」

「少しだけな。よし、じゃあ気分転換にをしてやろう」


 ゲンブは灵南区のサイトのウィンドウをいくつも開いてキーを叩いている。その様子を見てから、スザクは昔を思い出すように視線を宙に浮かせて語り始めた。


「幽灵は金と力がモノを言う街だ。陽の地クァンでそういう表だった話は聞いたことないが、こっちでは公共でも民間でも公私の区別はあまりない。だからこそ、過激な連中は他人を出し抜くために刺客を雇ったり、金を流して刺客同士で抗争を起こさせたりする」

「……もしかして、スザクさんは、傭兵だったんですか」

「ああ。そんなある時……まだ深淵ディープという組織もなかった頃だ。灵北リンペー区で、大規模な戦いが発生した。確か区の上層部の小競り合いが発展したのか、いや、民間企業の反乱か……まあいいや、とにかくデカい戦いがあった。私もそれに参加していた」


 気分が優れていなかったアヤメの顔はいつの間にか上がっていた。京華も、自分の知らない世界の情報を少しでも蓄えよう懸命に耳を傾けている。


「そこでだ、とんでもない話を聞いた。たった一人の女剣士が、私たちとは別の一小隊をまるごと沈めたって話だ。二人も分かる通り、戦場は基本的に男の世界で、屈強な連中がひしめきあっている。その中で一騎当千なんて余程の実力差でもない限り起こりえない」

「それが、師匠……」

「接敵した時、直感で分かった。『こいつとは戦ってはいけない』と。最初は『女だから』と血気盛んだった男共も尻尾を巻いて逃げていった……気が付けば、私しか残っていなかった。笑ってたよ。話では、もっと沢山の人を相手にするはずだったのにって」


 京華はカンナの戦いをまだしっかりと見たことはない。だが、あの長い刀を振るって街の中に一人立つ姿を想像すると、それだけで近寄りがたい雰囲気を覚えずにはいられなかった。日頃の彼女の言動を知らない相手ならば尚更だっただろう。


「奴は名前をカンナと名乗った後……私を口説きにかかってきた」「は? ボク初耳なんだけど?」「覚悟して武器を取ろうとしたが、奴はいつの間にか私の背後でトンファーを奪い、楽しそうにジャグリングしていた……そんな奴に勝てると思うか? 最後は私に武器を返すや『灵西区に私の街を作るが、そこで仕事しないか』と声を掛けてきて……怖くて、無難な返事をして、逃げ帰ったよ」


 不穏な空気を察したアヤメが話題を変えようと思案したが、既にゲンブの後ろ姿がガタガタ震えている。やがて、エンターキーを強く叩いたゲンブは、今にも泣きそうな顔でスザクに後ろから絡みついた。


「こらゲンブ、まだ話の途中」「ボクという人がありながら、他の女の話を!」「未遂だったからいいだろ。お前だってさっきデレデレしてたじゃねぇか!」

「それとこれとは別! スザクと会えなかった世界なんて考えたくないんだ!」

「わかったって、後で沢山かわいがってやるから」「はい言質取ったーっ! あ、二人とも、神話の在処が分かったから画面見てね」


 スザクとゲンブの惚気が始まり、アヤメはとてもではないが悩んでいられなくなる。京華とアヤメの二人は言われた画面を覗き込んだ。そこには、幽灵全体の貨物運送を担う企業の記録と、某日の灵南図書館内の通達があった。「古書」という荷物が灵南区の図書館へ送り届けられた後、とある本が禁書庫の中へ収蔵されたらしい。

 ゲンブがかき集めた情報からして、神話にまつわる書物が図書館の禁書庫にあることはほぼ間違いなかった。何をすべきか分かり、京華とアヤメの目が真剣なものに変わる。


「……行かなくちゃいけないんだね」

「ああ。遊びは終わりだ、スズ」

「禁書庫の扉を開けるパスワードもスマホのメモに入れておいたから、向こうに着いたら使ってね。それじゃ、二人が頑張ってる間、ボクはスザクにお仕置きしてるから……」


 意を決し、出発の準備を始める二人。その背中へ励ましの言葉が掛けられた。


「何かあったら呼んで。すぐ応答できるようにはしておく」

「ああそうだ、スズラン、このヤオを持って行け。こいつは陽気の塊だ、役に立つぞ」


 出発の間際、スザクが託したのは錠剤の入った袋だった。京華はそれを受け取ると腰に結びつける。程なくして、部屋のハッチがぎいっと音を立てて開かれた。

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