女の街

第22話 灵西女人街

 京華たちが灵南区で身を休める間、灵西リンシー夜市イェーシーにカンナの緑色の長髪が流れていた。浴衣を花魁風に着崩して太刀を佩いた彼女は、見慣れた景色の中で両腕をぐっと伸ばし、長旅を終えた実感を得る。

 それから彼女は荒れたままの自室へ帰ってお金周りを整理した。そして窓に止まっているカラスの頭を人差し指で撫で、羽音を立ててどこかへ向かう姿を見届ける。


 夜市に戻った彼女は、近くの屋台にふらっと顔を出してみる。そこでは馴染みの男が店番をしていた。片手を広げたくらいに大きい揚げた鶏肉へ独特のスパイスを利かせた、一風変わった大きな唐揚げを取り扱っている。


「お、カンナ嬢。いつもありがとうございます」


鶏排ジーパイを六枚貰えないかな」

「はいよ、少し待っててな……これから女人街ノイヤンガイでお楽しみかい?」

「本当に遠慮ないな、それで前の奥さんに逃げられたんだろ……見回りだよ」

「はは、そんなの分かってるさ。ほれ、六枚分。嬢ちゃんたちに渡してきな」

「いつも世話になって済まないね。お代はこれで」


 六人分の鶏排をビニール袋に入れたカンナは紙幣を置いていくと、そのまま夜市の人混みに紛れ込む。近辺を深淵ディープが襲撃したとしても、ここには食べるものを求めて多くの人が集まり、普段と変わらない様相が織りなされている。


 そんな灵西夜市をしばらく歩いた先で、横に一本、道が分かれる場所がある。

 メインとなる大通りに人だかりができる中、もう一本の狭い道にはほとんど人っ気がない。「灵西リンシー女人街ノイヤンガイ」と赤色のネオンライトが光る下、少しくすんだ朱色の門を守るように、薙刀を持つ美しい女性二人が凜とした様子で立っていた。彼女たちは身体こそ胴や垂れといった防具で覆っているも、その強い意志が表れた顔は晒したままであった。


「カンナさん、お帰りなさい」

「お勤めご苦労様です」


 二人とも長い黒髪を一本に結んで横に流しているが、頭の上からそれぞれ違う色のメッシュを差しているため遠くからでも区別はつけやすい。カンナはそれぞれ、赤い方の女をアカネ、白い方の女をツキミと呼んで可愛がっていた。


「やあ、アカネにツキミ。君たちの顔を見ると帰ってきたことを実感するよ」

「勿体なきお言葉です」

「ああ、ありがとうございます」


 頭を下げて敬礼した二人を、カンナはそっと手で寄せてから頬へ優しく口づけをした。すると、彼女たちは先程までの気を張った様子から一変し、目を閉じたままカンナの腕の中で安堵の表情を浮かべる。


「しばらく空けて済まないね……もうすぐで、灵西区の支部は一通り叩けるから」

「構いません。もとより、この命は貴女様に捧げると誓ったもの」

「私のことよりも、カンナさんが無事ならば……」

「嬉しいねぇ。でも二人とも、無理はダメだよ。私は誰も失いたくないんだ……」


 カンナは、優しい口調でアカネとツキミを鼓舞した後、街の門を開けてもらい、二人に見送られながら中へ入っていった。


 灵西女人街。

 見張りによって守られた門の先に延びる道は、入り口から奥までが飲食店と風俗店の混ざる入母屋造に挟まれていた。二階、三階の屋根から垂れ下がる赤提灯と「見学三百」「一泊六千」の文字が光る看板で道全体が妖しい雰囲気を放っており、その間を何組もの女性カップルが並んで歩いている。だが、男の姿はどこを探しても見つからない。

 そう、ここは男人禁制の女の花園。ある人物に作られた秘密のお楽しみ場だ。


「んー、やっぱりいいねぇ、どの店も素敵な娘が揃ってるが、まずは挨拶だな……」


 店の前に立つ客引きの女たちで手の空いている者は皆、カンナを見つけると頭を下げて恭順の意を示していた。一人一人に手を振って答えながら歩いていたカンナは、女人街の真ん中に位置する「ホテル桃源郷」の名前を掲げた店へ入っていった。

 中では、それぞれ個性的な女たちがカンナの帰りを今か今かと待ち続けている。

 彼女の帰宅に最初に気づいたのは受付の女性――でなく、店の奥から走るピンクの服を着た女の子だ。見た目は九歳ほど。肩で揃えられた黒髪がひょこひょこと揺れている。


「カンナ!」

「ナデシコ、見ないうちに随分大きくなったな。前はこんなちっちゃかったのに」

「そんなちっちゃくなかったもん! 今度からマッサージしてあげないから!」

「ああすまない、ナデシコのマッサージは生き返った気分になれるから、それがナシってのはカンベンしてくれ……ほら、いつもの店の鶏排だ。これあげるから、みんなと分けておいで」

「わー、やったーっ!」


 ナデシコ、と呼ばれた女の子がビニール袋片手に戻っていく様子を見たカンナは、受付の女性にそっと手を上げて挨拶してからホテルの一階の奥へ向かう。スイートルーム、と看板に書かれた部屋には応接室よろしく長いソファとガラス製のテーブルが置かれ、先程の少女を含めて三人が先客としてくつろいでいた。

 部屋の最も上座の席には、黒い和服を着た紺のツインテールの女性が艶やかに座って鶏排をもそもそ食べている。身長こそナデシコと変わらないが、彼女はカンナを除けばこの場で二番目に年上だ。その横では、ソファで贅沢に横になる茶髪サイドテールの女性が、チャイナドレスのスリットから生脚を覗かせただらしない姿勢で寝落ちしていた。


「ただいま、リンドウ。インファは潰れてるか……」

「おかえりなさい」

「んん、そろそろその席を返してほしいんだけどダメかい?」

「ダメです」

「ダメかぁ」

「そーいえばカンナ、一昨日にお客さん来てたよ!」


 カンナが諦めてほかの席に座ると、そこへナデシコがやってきてその膝を勝手に枕にし始める。カンナは彼女の頭を撫でながら、応接室の入り口に立っている係の者に、例の女性を連れてくるように合図した。

 程なくして、花模様の着物を纏った薄化粧の女が緊張した面持ちで部屋を覗いてきた。長い三つ編みの束を肩の前へ垂らしていた彼女は、手に持っている扇や身なりからして芸者としての過去を伺わせる。


「では……失礼します」

「どうぞ、お掛けください。私は女人街代表のカンナです」

「お心遣い感謝します。私はカシワ。以前まで樂趣ルーシューで舞を披露しておりました」

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