第18話 いい使い走り
それから二人は、顛末を知りたがっているスザク・ゲンブに、京華がこちらの世界に来てからの経緯を根掘り葉掘り聞かれてしまった。京華は明花の救世主で、この世界の陰陽バランスを崩そうと目論む武力組織「深淵」と戦うために必要な「神話」についての情報を探っている――とアヤメが伝えると、興味ありげにゲンブが口を開く。
「へえ、そっちも神話を調べてたんだ」
「ゲンブさん、何か知ってることは」
「前はネットの掲示板にそんな話が沢山載ってたけど、多分もう消されてる」
「こっちの世界にもネットあるんだ……」
「うん、幽灵の有志が作った
真っ赤なスープを飲み干したゲンブは口を手の甲で拭い、近くの本棚から印刷物を整理したファイルを取り出した。そこには個人サイトや掲示板のスクリーンショットが画像として残されており、それらを本のように見ることができた。
無難なカップ焼きそばを啜る京華とアヤメ、白い脂の浮いたラーメンスープを飲んでいたスザク。情報が一つにまとめられたそれを食事中の三人が覗き込んだ。
「なんだ、私が居ない時にこんなもの調べてたのか」
「そのスクショ、画像データは残ってるけど印刷面倒だから汚さないでね。今は削除された記事もあるから、何か本当のことが書いてある可能性は高いと思う。読んでる間、ボクはスマホのコードと辞典を書き換えてるから……」
「ありがとうございます!」
「あとスザク、このゴミ片付けといて」
「仕方ねぇ、やっとくよ……二人はこの後どうするんだ? 当てがないなら家で寝てけ」
「遠慮しなくていいからね! ベッドもあるし!」
スザクからの提案は魅力的で、二人は流れで寝泊まりさせてもらうことになる。灵南区に拠点ができるのは、神話の捜索においても嬉しい話だった。早速、ゲンブのファイルを見る京華とアヤメだったが、それからしばらくして――
「アヤメちゃん、ケガ、大丈夫?」
「ああ、重傷ではないが……ぐ、今になって……」
普段スザクが使っているコットで、アヤメは横になって右腕を押さえていた。強く打ち付けた部分が今更のごとく痛み出したのだ。呼吸をゆっくりと整えるアヤメを、傍に居た京華が心配そうに見ている。
一方、作業に勤しんでいたゲンブは大変面倒くさそうに立ち上がって背中を丸めると、腕をだらりと垂らしながら奥の部屋へフラフラ向かっていく。少しして戻った彼女はげっそりと青く痩せ細り、神話のファイルを読むスザクの前でばたりと倒れてしまった。
「ない……」
「きゃっ! ゲンブさん、大丈夫ですか……?」
「ゲンブ、大丈夫か。ほら、椅子に座れ」
「スザクぅ……魔剤切れてんじゃん……」
ゲンブはハンガーで干される服のように後ろからスザクに持ち上げられ、普段胡座をかいてネットサーフィンしているゲーミングチェアに帰ってくる。口から魂が抜けているような彼女は口をぽっかり開けたまま首を重力に任せて傾げていた。
「えっと、魔剤って、あの……」
「ああ、こいつが毎日飲んでるエナジードリンクのことだな。そう言えば前に買い溜めてからしばらく経つか……なんだ、もう一本も残ってないのか?」
「ないー、あれないとボク動けないー」
「わーったよ、買いに行くって。そうだな……スズラン、だっけか? お前も来い」
「えっ、私もですか?」
突然の提案に驚く京華。スザクは両腕をぐっと伸ばして肩関節を鳴らすと、コットの上で横になったまま動かないアヤメを見てから京華の頭にぽんと手を乗せる。
「アヤメの友達だ、案内をしようと思ってな。ついでに荷物持ちをして貰う」
「う、そう言われると断れないです……」
「行ってこい。スズは、この世界を、もっと見た方がいい……」
アヤメは痛みに耐えながらも京華の肩を叩いた。スザクは気まずそうに沈黙している。それを察したのか、アヤメはなんでもなさそうに左手を振って笑ってみせた。
「……よし、じゃあ行くか。留守は任せたぞ」
「うぇい……」「気をつけてな」
「スザクさん、早く帰ってきましょうね」
「ああ、そのつもりだ。外は危ないし、こんな状況で二人だけにさせるわけにもいかん」
満身創痍の二人に見送られながら、京華とスザクはジャンク山の隠れ家を出た。
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