スザクとゲンブ

第17話 ゲンブの城

 灵南区の電気街から離れ、入り組んだ道を進んだ奥にジャンク品が積まれた空間が広がっている。使い古された調理器具や外されたキッチン、クッションがぼろぼろになったソファ、錆び付いた室外機、何本もパイプが伸びた車の大型部品……がらくたの山という言葉が相応しい荒んだ場所の真ん中に、重厚感のある円形のハッチが佇んでいた。


「なるべく踏まないようにしてくれ。こんなんでも、あいつにとっては宝の山なんだ」


 赤髪を揺らしながら歩くスザクは、二人より先に瓦礫部屋の真ん中に立つと、足元のハッチに手を掛けて一気に引き上げる。重い金属の擦れる音と共に、真っ黒な口が開いた。


「ゲンブ、客だ。会わせたい女が二人がいる。彼女たちから降ろすぞ」


 しばらくして――京華とアヤメがスザクの元へやってきたところで、ハッチの奥から「めんどくさいーっ」と駄々をこねるような女性の声が帰ってきた。

 覗き込んでみると、ハッチの奥は闇に閉ざされて見えなくなっている。入口からは下へ続く梯子が伸びており、スザクは二人へ先に行くように命じた。京華とアヤメは顔を見合わせて無言の会議を行い、先達となったアヤメが梯子に足をかける。


「ゲンブはこの中にいる。だが、あんまり刺激しないでやってくれ」

「一応聞くが、ゲンブ、というのは女か?」

「ああ。最高の女だぞ」


 アヤメに続いて京華が梯子を降り、最後にスザクも降りる。二人が真っ暗闇の中どこへ動けばいいか分からず立ち尽くしていると、後からやってきたスザクが暗闇のどこかに設置されていたドアを開けた。


 また、明かりの点いていない部屋があった。

 ディスプレイの光が部屋を淡く照らす。その真ん中に一人の女がいた。長い黄緑髪は寝癖だらけ。よれたTシャツとゆるいショートパンツ姿で椅子の上に胡坐をかいている。


「明かりくらいつけてやれよ、ゲンブ」

「眩しいの嫌だ……」

「駄目だ、いいもの見せてやるから許してくれよ」


 スザクが壁のスイッチを切り替えると一瞬にして天井の蛍光灯に光が宿り、座っていた女性は眩しさに耐えられない様子で目元を腕で覆った。

 見るからに引き籠もりの烙印を押されかねないこの女こそが、アヤメの探し求めていたゲンブ本人だった。スザクに案内された二人は部屋の隅のキャンプ用コットに腰掛けるように言われ、横に並んだまま二人の口喧嘩を聞かされることとなる。


「スザク、ボクが頼んでたデータドライブはあった?」

「それはなかった。持ってきたのは別の『いいもの』だ」

「ふうん、知らない女を二人も連れ込んできた癖に」

「馬鹿言うな。大当たりさ、大当たり!」

「じゃあせめて一言連絡くれてもいいじゃん! めちゃ部屋着モードだし!」

「悪かったって、ほら、カップ麺作ってやるから……」


 京華たちは、完全に蚊帳の外であった。

 あれほどアヤメを力で圧倒したスザクが渋々キッチンへ赴く姿を見せられた後、明らかに不機嫌そうな顔のゲンブは椅子に片膝を立てて二人を交互に見る。Tシャツには「百合最高」の四文字が刻まれていたが、アヤメにはその意味がよくわからなかった。


「で、二人は何で来たの」

「そうだった。私はアヤメ。横の彼女の携帯端末を、この世界で使えるようにしてほしい」


 アヤメはそう言って、京華から預かっていたスマートフォンをゲンブに差し出す。その時に何かに気が付いた彼女は続けて懐の中をまさぐり始めたが、スマートフォンを受け取ったゲンブは先程と一転して興味津々な様子でそれを観察し始めた。


「隣の人、名前は?」

「スズラン、です」

「んじゃあスズラン、聞くけど、あんたは陽の地クァン出身?」

「はい。つい先日、こっちに来たばかりで」

「……なるほどね、道理であまり見ないタイプだと思ったよ」


 ゲンブは備え付けのコンピュータから伸びる大量のケーブルから、スマートフォンに対応したものを探す。そうして見つけた端子を差し込んで給電し、本棚から辞書のように分厚いマニュアルを引っ張り出してページを捲り始めた。

 それから、ゲンブは二人を忘れたかのように作業へ没頭し始める。

 京華はしばらく、部屋に散らばっているものを見ていた。何重にも積み重なった中華の持ち帰り箱、本の表紙が栞代わりに突き刺さった漫画本、持ち手が色落ちしたダンベル、空になったエナジードリンク――二人の生活がどんなものか、想像するのは難しくない。


「……ない」

「アヤメちゃん、どうしたの?」

「ああ、なんてことだ、これはまずいぞ……」


 アヤメの顔はひどくやつれたものに変わっていた。

 そこへ、カップ麺にお湯を入れ終わっただろうスザクが戻ってくる。常時猫背のゲンブとは対照的に、スザクは真っ直ぐで美しい姿勢のまま、赤いラベルデザインのカップ麺を持ってゲンブの使い走りをさせられていた。


「ゲンブ、ほら、いつもの辛い奴だ」

「……ところで聞くけど、いいものって何? この仕事のこと?」

「まさか。これだよこれ」


 そう言って、スザクはカーゴパンツのポケットから拾った写真を取り出すとまったく悪気ない様子でゲンブに見せてしまった。気付いたアヤメが返してもらうよう叫ぼうとするも、時すでに遅く……


 二人の後ろ姿が氷のように固まる。


 小さな声で、ゲンブが「え」とだけ呟いた。それから彼女はゆっくりと椅子を回して振り返り、アヤメと京華が冷や汗を流すのを交互に見て……


「なんてこった、この二人、デキてやがるっ!」

「忘れてくれっ……」

「しかもスズランがタチかよ!? 人って見かけによらねぇなぁ!」

「な? いいものだっただろ?」

「あのっ、恥ずかしいので、返してください……!」


 顔から火が出そうな京華と今にも泣き出しそうなアヤメ。スザクがゲラゲラ笑う横で、ゲンブはクリアファイルを持ってくると写真を丁寧に挟んで本棚の中へしまい込んだ。それから彼女は先程の無関心が嘘のように二人を観察し始める。

 俯いて灰になったアヤメの横で、京華が両手で顔を覆いながら下を向いていた。


「ふひひっ、まさか本物ナマモノの姉妹百合に出会うとは、生きてて良かった! 眼福眼福……!」

「もうお嫁にいけない……」「ころしてくれ」

「な、気に入っただろ? ゲンブも社会復帰の第一歩だと思ってさ」

「それとこれとは話が別! まあ、スマホの改造はやらないこともないけど」

「おー、やる気出してくれたか。そうそう、二人の分のカップ麺も作ったんだっけ……」


 スザクがもう一度キッチンへ戻っていくと、見るからに辛そうなラーメンを啜っていたゲンブは、うってかわって明らかに先程と違う真剣な目つきになった。


「……で、どっちから告白したの?」

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