第16話 決着の時
静まり返った電気街で、わずかに聞こえてくる打撃音。音を頼りに進んだ先では、アヤメが赤髪の女性と一進一退の攻防を繰り広げていた。アヤメの鉄パイプ、赤髪の女のトンファー。それらがぎっちり絡み合うように組まれ、それを互いに死に物狂いで押し合っている。二人の顔にはいくつも痣がつけられていた。
「スズか……大丈夫だ、私一人でどうにかできる!」
京華の声を聞いたアヤメが一歩、相手を後退させる。最後の力で、相手を押し込んだのだ。女の体幹が崩れた瞬間、アヤメは回復のためにバック宙で距離を取る。
腕力が明らかに落ち、鉄パイプの先が下がっていた。体力の限界は間もなくだ。
「鈍ったな、貴様ぁっ!」「アヤメちゃん……!」
反撃の機会を生かせなかった――わけではない。
今の、動きが鈍くなったように見えるアヤメは格好の的。勝負を終わらせるに相応しい、
腰に佩いた大太刀の向きが変わっていた。鍔が、アヤメの首の後ろへ回る――
「……な」
女が様子の変化に気付く。だがもう逃げられない。
アヤメの手は既に柄に掛かっていた。背中から放たれた刃が光を受けてぎらりと反射し、半月の軌跡を作るようにして振り抜かれる。
「……私の、勝ちだ」
京華の目には、街が制止したように見えていた。抜かれた大太刀が、女の頬のすぐ隣に刃を寄せている。アヤメを狙ったトンファーも長い柄が真っ直ぐ突きつけられていたが、それはアヤメには一歩届いていなかった。
図らずとも現れた好敵手、二人の目が合う。
「……ああ、私の負けだ。ここは大人しく案内することにしよう」
直後、大太刀が音を立てて電気街のコンクリートへ転がった。戦いが終わり、体力の消耗が無視できなくなった彼女から苦痛の声が上がる。京華はすぐに駆け寄るとその肩を持ち、アヤメの支え人となった。
「アヤメとか言ったな。お前のことが気に入った。こんなに興奮したのは久しぶりだったぞ……」
「冗談じゃない、なんて、体力だ……」
「なあに、誇りに思え。この私に一太刀入れたのはお前が初めてだ」
「あの、貴女は……」
下から様子を窺うように京華が名前を聞くと、彼女は思い出したように答えた。
「おおっと、自己紹介はまだか。私はスザク。そっちは?」
スザクと名乗った赤髪の女性はトンファーを元の位置にしまうと、アヤメの蹴りで未だ収まりの悪かった右肩を掴んで動かし始める。悩ましい声を上げながら骨の位置を戻すと、疲労で一歩も動けないアヤメとは対照的にストレッチで身体を伸ばし始めた。
「私は、アヤメだ……こっちがスズラン。ゲンブへの
「よし、二人の事情は分かった。アヤメが動けるようになったら尋ね人に会わせてやろう」
「ぐっ、やはり、腕も痛い……」
「アヤメちゃん、まずは深呼吸して……」
スザクはアヤメの得物である大太刀を見て感慨に耽っていた。アヤメが武器を納めて立ち上がったあと、スザクは近くの飯店を指差した。
「先にシャワーだ。しっかり汗を流すぞ。汗臭いままでは奴の部屋に通せん」
「ああ、そうさせてもらう……」
アヤメは京華の助けを借りながら近くの飯店へのろのろと歩いていく。その背後で、スザクは地面に一枚の写真が裏向きで落ちていることに気付く。スザクは吹き出すのを堪えると写真をカーゴパンツのポケットへ入れ、二人の後に続いたのだった。
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