第15話 不思議な出会い

 一方、図書館に入っていた京華とカンナは、妙に館内が騒がしいことに気が付いた。目星をつけた本を片端から辿っていた京華は騒音が気に入らない様子で、音の元凶である下の階を覗いて頬を膨らませている。


「幽灵の人たちは余裕がないねぇ」

「……さっき、アヤメちゃんが、ちょっと騒がしくなるかもって」

「そうだね。何か建物の外で起きてるんじゃないかな」


 足を組み、どこか他人事で本を読み続けるカンナ。京華は騒音の中「神話」の捜索を続けようとするが、アヤメの様子が気になってきた彼女は作業を打ち切ってしまった。顔に露骨な不快感を浮かべながら溜め息を吐き、カンナの元へ歩み寄る。


「あの、カンナさんは、アヤメちゃんが心配じゃないんですか?」

「そうだね、心配はしてないね」

「どうしてですか」


 ページをめくっていたカンナの手が止まる。

 彼女は座ったまま京華を見上げると、人差し指を宙で回しながら答え始めた。


「あの子にはね、ヤバくなったら戻れ、って教えてるの」

「はあ」

「一人で何かを成し遂げたい時、このままだと死ぬなって思ったら一度下がるんだ。それから安全策を考えたり、危険な方法を実現できる地力を蓄えたりしたらいい。だから、あの子が一人だけで危険に挑むなら、そんなに心配は要らないってわけ」

「そういうものなんですか?」

「むしろ不安なのは、君と一緒の時だけどね」


 カンナの目は京華をじっと見据えている。どこか恨めしそうでもあった。


「君がいれば、アヤメは逃げられなくなってしまうだろう? あいつは、自分に何もできなければ君が死ぬと思っている」

「……じゃあ、私はどうしたら」

「簡単だ、スズちゃんも強くなればいい……さて、私は少し寝るよ。しばらく経ったらまた灵西区に戻るけど、何か分かったら『連絡』はするからね」


 図書館の長椅子を贅沢に使ったカンナは本の山に潜むように目を閉じる。京華は、妙に騒がしい下の階へ続く階段を見つめていた。行くべきか、留まるべきか……


「あっそうだ」「わっ!?」

「これは老婆心からのアドバイスだが、親友との時間は大切にした方がいい」


 突然身体を起こしたカンナはそれだけを言うと再び長椅子の上で寝転がる。背中を押された京華は、腰の柳葉刀を確認すると恐る恐る階段を降り始めた。


『アア、忙しい、忙しい。外で喧嘩、避難する人』

『タイヘンだ、タイヘンだーっ』『ドウシテ、ドウシテ』


 下の階では、あの笠を被ったような人型機械が忙しなく動き回っておびただしい数の人を整理していた。中の人たちは全員が何かに怯えているようで、部屋の隅で丸くなっている者も居れば自棄になって酒を飲む者、文庫サイズの本を読みながら神に祈る者、様々だ。

 その間を縫って入り口を目指していると、また、誰かに見られた気配を感じた。


 視線の主を探す。すると、部屋の隅に座っている女の子が彼女を見つめていた。黒と白のフリル、蝙蝠を思わせる装飾が特徴的な、どこか近寄りがたいゴスロリ調のワンピース。金髪を伸ばし、目元をアイシャドウでダークに仕上げた彼女は、京華よりも一回り小さいことも相まって人形のような印象を与えた。


 視線が合った。


 京華は無視をするわけにはいかず、人波をかき分け彼女の元へやってくる。黒薔薇のコサージュを頭に付けていた少女は、その膝の上に西洋人形を乗せていた。兵士を模した人形にはお手製のサーベルが持たされている。

 目の前にやって来てもなお、京華はどうやって声を掛ければいいか迷っていた。すると、ずっと目を合わせていた少女はにっこりと愛らしい笑顔になった。


「おねえちゃん、爪が伸びてるよ」

「えっ?」

「爪が長いと、好きな子に嫌われちゃう」


 言われるままに見ると、京華の爪は確かに伸びていた。こちらの世界に来てから身だしなみを整える機会が少なかったから気付かなかったのだろう。


「切ってあげるね」

「えっと、貴女は?」

「私はマリー。この子はペーター」

「私はスズラン。その子はお友達?」

「うん。私の、大切なお友達なの」


 マリーと名乗った少女はいつの間にか手にしていた爪切りで京華の爪をぱちん、ぱちん、と綺麗に切り揃えていく。最後に爪磨きを済ませると、京華の爪は丸く丁寧に整えられた。


「……ああっ、ごめん、すぐお外に行かなきゃ」

「今度、一緒に遊んでくれる?」

「うん、今度会えたら一緒に遊ぼうね」


 京華は慌てた様子で図書館を飛び出した。その意識は既にアヤメへ動いている。

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