第14話 電気街烈戦
電気街に戻ってきたアヤメはある小路に入り、その奥でたむろしている三人のホームレスの男を訪れていた。彼女の携帯する大太刀を前に彼らは怯えた声を上げる。
「な、なんだ、お前。あまり見ない顔だな」
「この電気街のどこかにいる『ゲンブ』……その情報を買いに来た」
「違うっ、俺たちは情報屋じゃないっ」
「金ならある」
「そういう話じゃねぇ!」
明らかに何かを恐れている男たち。
アヤメは札束を投げるが、誰一人もそれに手を伸ばそうとしなかった。
「いいか嬢ちゃん、奴には手を出すな」
「……何か、知ってるんだな」
「俺たちから言えることは何もねぇ! とっとと帰ってくれ!」
会話すらも交わせなくなってしまったアヤメは札束を拾い、思案しながら表通りへ戻った。電気街はまだ見ぬジャンク品を求める好き者で人通りが途絶えない。単純な人数で言えばこれまでに訪れた夜市と比べても引けを取らず、愚直に人を探してはキリがない。
(……ひとつ、釣ってみるか)
アヤメは、懐から一枚の写真――カンナに隠し撮りされた京華との写真を取り出すと、渋い顔でそれを凝視しながら大通りの真ん中でわざとらしく大声を上げた。
「おおっ、分かってしまったぞ! この写真に、ゲンブの居場所を記す手がかりがある!」
一瞬、電気街が水を打ったように静まり返る。
その後、アヤメの言葉を聞いた人々は、彼女の周りから徐々に離れ始めた。
「ああそうだ、遂にゲンブの居場所を突き止めたんだ! これをどうしてやろうか!」
どよめきは悲鳴に変わる。人々が建物の中へ逃げ込む。表通りの人間がアヤメだけになるまで時間はかからなかった。写真をしまったアヤメは一人、誰もいない電気街を見回す。
ふと、背後から足音がした。
彼女から遠くないところへ、誰かが降り立ったようだ――。
「……いま、『ゲンブ』の話をしていたな?」
低く、荒々しく、余裕がない女の声だった。
振り返った先には、燃えるような赤髪を伸ばした長身の女性が立っていた。筋肉質でありながら十二分なふくよかさを併せ持つ身体。黒のスポーツブラとカーゴパンツ、手のひらが擦れた指抜きグローブの出で立ちの女は、獰猛な顔つきでアヤメを睨みつけていた。
「少し直してもらいたいものがある……お前が『ゲンブ』でいいのか?」
「違う。どこの誰とも知らん奴を近付けるわけにはいかない」
「いや、案内してもらおう。幽灵のためだ」
赤髪の女は、腰に差していた二丁のトンファーを抜いて柄を握る。アヤメも同じく腰の大太刀へ手を伸ばしかけていたが、相手の武器を見てその手を止めた。
徒手空拳の延長線上にあるとも言えるトンファーは、扱う者のフィジカルを最大限に生かした高速打撃を得意とする。隙の大きな大太刀ではあまりに不利だ。たとえ刀身で防いだところで、目の前の女修羅が放つ一撃は大太刀の刃をいとも簡単に砕いてしまうだろう。
迂闊に得物を抜くことは許されない。
アヤメは静かに胸を張り、肩を柔らかく
「それなら、仕方ないな。考えてやろう」
「なんだ、素直に案内してくれるのか?」
「ああ……だがな」
得物には、紫色の炎が宿っている。それが戦意の証明だった。
トンファーの長い柄が
「貴様の行き先は『地獄』だ!」
威勢よく啖呵を切った女。その姿は一瞬のうちに下へ落ちて視界から外れる。目で追いかけても既に遅い。女は砲弾のような速度でアヤメへ襲いかかろうとしていた。
(っ……!)
人の神経伝達速度では捉えきれない一撃。彼女の瞬撃を受けるには「見てはいけない」。読み取るのは向けられた殺意だった。
これから貴様の胸を破壊する、そのような気迫を読んだアヤメは考えるより先に身体を捻る。それでも厳しく、柄先が襟元を掠った。道着の繊維が摩擦で溶ける。
「ほう。やはり心得はあるようだな」
(ああ、道理で連中が恐れていたわけだ……)
思案するのは一瞬。アヤメは滑るような足捌きで女の横へ回る。そこへも繰り出される追撃――流れる長髪が電気街の暗闇に赤い軌道を描いた。アヤメは身体を柔らかく使って連撃を避けながら反撃の隙を探す。
「逃げてんじゃねぇぞ、オラァ!」
大きな動きから一転、速度のギアが更に一段階上げられる。
洪水のように繰り出される猛撃。疲れを知らない持久力。極めて高い身体能力に下支えされた攻撃は天井知らずで加速を続ける。それは遂にアヤメでも躱しきれなくなった。
一歩ずつ後退する中でアヤメは相手の腕へ手刀を打つ。それでも寸でのところで受け流せるだけ。流しきれない――アヤメの額に冷や汗が浮く。
「ぐっ……!」
「遅い! その程度で、止められるかあっ!」
これで終わらせる――断固たる意志の籠もった一撃が、アヤメの体幹を崩した。
こじ開けられた一瞬の間。そこへトンファーが振り上げられる。持ち手を軸にトンファーの長い柄が回り、怪力のまま放たれる速度へ回転力が加わる。それが全てアヤメの脳天目掛け、致死量の合力モーメントと共に振り下ろされ――。
「っ……!」
咄嗟にアヤメは右腕を上げ、尺骨の部分を使って受け流した。
骨が砕ける程の強打――それでも力は分解し切れない。金属が割れるような音と共にアヤメが片膝をついた。髪と顎を伝った汗が二滴、コンクリートへ落とされる。
一本入れた女は距離を取り、腕を損傷したアヤメを見下してケラケラと笑った。
「どうだ、まずは一発だ。貴様の勇を称えて、今なら腕一本で見逃してやるが……」
「……『その代わり、二度とゲンブを詮索するな』、か?」
「物分かりが良いな。長生きするぞ」
「っは、期待させたようだが、そんな気はないな」
からから、と空洞に響く小気味よい金属音がした。
アヤメの袖から、リーチの短い鉄パイプが二本、床に転がっている。それにはヒビが入り、先程の重撃がいかに強烈であるかを物語っていた。
「仕込んでいたか」
「生憎負けず嫌いでね。こちらも、火がついてしまった……!」
骨の身代わりとなっていた方にはひびが入っていた。アヤメはパイプを一本ずつ順手で持ち、ゆらりと立ち上がる。目には戦いの意志が残っていた。
「――続けようか。今度は私からだ!」
先に踏み出したアヤメ。瞬き一つの間に距離を詰めて渾身の突きを繰り出す。勿論ただで通らずトンファーで弾かれたが、アヤメの攻勢は終わらない。女が仕掛けていたように、アヤメの攻撃速度も徐々に尻上がりとなっていく。
残像を生み出す鉄パイプ、その先端には計り知れない「重み」がかけられている。女もそれを分かって攻撃を真正面から受け止めない。鋼鉄の雨を降らせる如く、アヤメは上から何度も何度も何度も何度も叩きつけた。順応するために女の視線が僅かに上を向く。
(――ここだ!)
下半身への注意が逸れた瞬間、アヤメは片膝を上げた姿勢で飛び上がる。狙いを察した女がすぐに身を引いて、鳩尾を狙った膝蹴りは惜しくも狙いを外れた。だが、アヤメはそこから、膝を伸ばすように俊撃を繰り出した。
それは女の右肩を打つ。骨が外れた感覚がした。
「ぐっ……!?」
後ろへ転がった女は片膝をついて体勢を立て直すと、その場に唾を吐いてゆっくりと立ち上がる。長い赤髪は炎のように乱れていた。彼女は髪の隙間からアヤメを見ると、外れた肩を嵌め直しながら心底面白そうに笑い始めた。
「なんて無謀な……だが嫌いじゃない。叩き潰すつもりだったが気が変わった!」
休戦の気配はなかった。互いに一発ずつ入れ合っていたせいか、二人の腹の中には特別な闘志が燃え上がっている。
「私と貴様、どっちが強ぇか、興味が湧いて仕方ねえな……!」
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