第13話 享楽人
「アヤメちゃん、そんな顔するんだ」
京華はアヤメの閉じた口を覆うと、隙間から少しずつ舌を入れていくように唇の表面を舌先でなぞり始めた。突然の攻勢に腑抜けたアヤメは本棚に背中を擦りながら徐々に下がり、場の主導権を京華に奪われたまま動けなくなってしまう。
こじ開けられた入口から京華の舌が流れ込み、アヤメの口内がくまなく探索されていく。力の入らない内頬からサラサラとした唾液が染み、下顎へ液溜まりを作った。
「ぁぁ……」
徐々に口の中は甘味で満たされていく。アヤメの口から湧き出る白粘液を吸い込みながら、それに刻まれた彼女の記憶を自分のものにしていく。
『あれ、アヤメって文字読めなかったのか。仕方ないなぁ、ちょっと顔貸してみ』
『や、大丈夫だよ、悪いことはしないからさ。ほら、私を信じて……』
かつて、彼女がカンナにされたことが景色となって京華の頭へ流れ込む。それもあってアヤメを押さえつける腕力は一層強くなっていく。奪った知識で世界の解像度が上がる間も、腹の底からふつふつ湧き上がる感情が京華の中で行き場を求めていた。
『ん~、アヤメはやっぱりまだ生娘だね。大丈夫だよ、じきに慣れていくから』
『弟子を取るのは嫌だったけど、アヤメみたいな
「い、痛いっ、スズ……!」
助けを求めるような声色を聞いて京華の意識が現実へ戻ってくる。唇を離すと粘性の強い白濁液がアーチを作り、先程の行為の激しさを物語る。京華はアヤメの肩を掴む手に想像以上の力が入っていたことに気付くと、咄嗟に一歩距離を取って深呼吸をした。
なにか、見てはいけない思い出を見てしまった。
呆然とする京華を前に、どの記憶を辿られたか勘づいていたアヤメは顔を真っ赤にしながら言葉を探し、やっとの思いで探り当てたもので弁明を試みる。
「私が、師匠に助けられて間もない頃の話だよ。剣術を教えてもらう中で指南書を読もうとした時、字が読めなかった私に師匠が色々『工面』してくれたんだ」
「……アヤメちゃん、騙されてない?」
「あの時の私は何も知らなかったんだ……だけどあれでちゃんと字は分かるようになったし、剣術の上達速度も上がったんだよ。嘘はついていない。本当のことだ」
「むぅ」
「感心しないなぁ、スズちゃん。他人の記憶を勝手に覗いちゃうなんて」
聞き覚えのある声だった。二人の首が一斉に同じ方を向くと、そこには、カンナが本棚の陰で身を隠すように立っていた。
ニヤニヤと笑う彼女の手元には、デジタルインスタントカメラが……
「師匠!?」「カンナさん、一体、いつから……」
「いつから? そうだねぇ」
カメラから上がる一枚の写真。カンナはそれを見て微笑んだ後に二人へ見せた。そこには、まるで"衝動を抑えきれなかった"ような京華がアヤメの唇を奪う決定的瞬間が捉えられていた。
「最初からさ。タイミング的にはギリギリだったけどね」
「消してくださいっ!」
「消すもんか! こんないい写真は幽灵のどのブロマイド店を巡っても見つからない。電気街でこのカメラ見てビビっときたけど、第一勘は従っとくべきだねぇ」
カンナはカメラを懐へしまうと現像した写真を二人へ差し出す。すっかり委縮してしまった京華の代わりに死んだ表情のアヤメが写真を受け取った。それでも、京華はあることを思い出すと、アヤメを庇うように立ち上がってカンナを睨みつける。
「カンナさん!」
「ん、どした?」
「その……何も知らない人にキスするのは、良くないと思います!」
「ああ、アヤメの記憶から見たのか……そっか、バレちゃったかぁ」
「バレちゃったか、じゃないです! ファーストキスだったらどうするんですか! ほら、アヤメちゃんも何か言わないと! ってなんでそんな辛そうなの……?」
京華の陰で丸くなるアヤメ。カンナは楽しそうに笑っていたが、周りの本棚を見てここが図書館であることを思い出し、喉を鳴らして落ち着き直した。
「で、二人はどうしてここに? 図書館の奥で隠れてキスって言うのは良いシチュエーションだと思うけど、流石に『仲良し』のペースが速くないかい?」
「調べものです! 庚申寺で会ったあの……」「シェン・ウー」
「そうそう、その人が呟いてた『神話』についての情報を探してて」
「ふうん、あいつに会ったか……」
カンナも男の名前は知っているようで、しばらく腕を組んで考え込む。
「それじゃあ私も少し手伝おう。『いいもの』見せてもらったお礼もしたいし」
「う……カンナさん、よろしくお願いします」
「あの、師匠」
「ん?」
「私は電気街に用事があるんですが、その間、スズを任せてもいいですか」
懐から取り出した京華のスマートフォンを見せながらアヤメがそう言うと、カンナはこの後の行動を察したのか憂わしげな表情に変わる。
「……何か、考えがあるんだね」
「はい。少々辺りが騒がしくなるかもしれませんが」
「よし、じゃあ私はスズちゃんと二人でやることにしよう。アヤメ、信じてるぞ」
「あの、アヤメちゃんは何を……」
「このスマートフォンを直してもらう。ただ、相手が訳ありでね。行ってくるよ」
いまいち不安を拭えない様子の京華。図書館を出ていくアヤメを見送るが――
(……ん?)
――近くの本棚から、誰かに見られているような気がした。
気配の方へ視線を向ける。しかし、そこには誰の姿も確認できない。
「それじゃスズちゃん、私ともお楽しみといこうじゃないか」
「……カンナさん、私の傍に居てくれますか?」
「ん、てっきり断られるかと思ったのに……ああ、わかった。私から離れるなよ」
京華の声色が弱弱しいことに気付いたカンナは、後ろから彼女を柔らかく抱いて頭を撫でる。いつもの癖が出たのか、カンナの唇が京華の首を優しく吸っていた。
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