第12話 想い違ったゆえに

 飯店で身体を休めた二人は「灵南電気街」の入口へやってきた。

 幽灵城塞の七階層分を抜いて作られた空間は他と比べて開放感があった。そこへ高さの限界を競うように電光掲示板やネオンライトの看板が設置され、見渡す限りが常に何かの色に照らされている。

 道に面している店ではどこも機械の部品が籠に山盛りで出され、電気街の人々は隠れた掘り出し物を探していた。そういった事情もあってか、戦いの気配こそないものの、場所によっては戦地より張り詰めた空気が漂っている。


「わぁ、すごい……」

「陰の地と陽の地は完全に隔絶されてるわけではなく、たまに陽の地むこうから機械類が輸入される。大体はジャンク品でこういった市場に流されるが、希に『当たり』があるらしい」

「もしかして、スマートフォンも売ってるかな?」

「買えたとして、向こうで作られた物はそのままでは役には立たんだろう。欲しがる奴らもコレクションか中の部品目当てかだ。もしくは『アイツ』のように改造目的か……」

「改造って、なんか怪しくない? やっちゃいけないような……」

「そこまで気にすることか? ……よし、ここが図書館だ。本探しは手伝うぞ」


 電気街から道を一本外れた場所に建つ、直方体のコンクリート構造物。整合性が取れた綺麗な見た目は幽灵では逆に浮き出て見える。外装も「灵南図書館」の看板が佇むだけで、周りの電飾溢れる街並みと比べるとどこか物寂しい。

 中に入ると、まずは赤いカーペットが二人を出迎える。正面には「貸出・返却」の受付カウンター。横の階段から各階層へ移動する構造になっていた。順番を待つ椅子が模様の凝った一人掛けソファだったり、天井からは金色のシャンデリアが下がっていたりと、この施設がかつて別の役割を担っていたことを想起させる。


『おはようございます、区民』

「へ……?」


 カウンターの向かいに立っていたのは、笠を被ったような見た目の人型機械。骨のように細い手足で分厚い名簿を捲っていたそれは、二人を出迎えるとゆっくりと礼をしてくれた。驚きのあまり言葉を失った京華を、アヤメが後ろから小突いて我に返らせる。


「歴史の本を探している。何階に行けばいい?」

『歴史、の本は……五階、奥のエリア、でございます』

「ありがとう。スズ、行くぞ」

「すごい……」


 階段を上って五階へ向かう際中、先程と同じタイプの笠を被った人型機械が大量の本を持って行き来していた。先程の電気街と比べると人の数は激減している。館内の道中で京華がすれ違った数も、人間より機械の方が多い。

 辿り着いた五階には「歴史」の文字が刻まれていた。早速アヤメが神話についての本を探し始めるも、その後ろで京華は焦ったようにソワソワと落ち着きをなくす。


「あ、あの、アヤメちゃん」

「どうした?」

「ごめん、今更なんだけど、私、この世界の文字が読めない……」


 それを聞いて、アヤメはしばらく京華のことをじっと見つめていた。そして何かを思いついたのか彼女の腕を引っ張ると、そのまま本棚の奥の誰もいない――人間も人型機械も滅多に訪れない――ような場所へ連れていく。


「え、待って、アヤメちゃん」「こっち」


 いつになく低く落ち着いた声に、京華は全身を柔く締められる心地よさを覚えてしまう。以前カンナにされたことを思い出した京華は、一歩進むのに合わせて胸の高鳴りが一層と激しくなっていくのを感じていた。必要なことだ、と京華は自分自身に言い聞かせるも、その視線はアヤメの横顔へ熱く注がれていて……


「よし、ここだ」

「えっと、私は、いつでも大丈夫だからね」

「やる気十分じゃないか。さあ、ひと頑張りだ」


 アヤメは京華へ、いや、彼女の背後に並ぶ大量の分厚い本へ目をやり――


「そこに陽の地の言葉が載ってる辞書がある。それと照らし合わせるぞ」

「……えっ?」


 思わず出た京華の一言は、あまりにわかりやすく拍子抜けしたような声色だった。アヤメは京華が顔を赤らめて見つめてくるのに気付いたが、彼女の思惑が分からないまま時間切れを迎えてしまい、ゆっくりと迫られる中で目を白黒させる。


「待てっ、スズ、急にどうした」

「調べものの為に、アヤメちゃんの知識……私と共有してくれるんじゃないの?」

「共有? あぁ……ってスズ、お前、まさか」


 カンナの家から逃走する前、アヤメが時間稼ぎをしていたあの瞬間。あの時京華がされていたこと、今欲しいもの、それをようやく彼女が理解するも、時すでに遅く……


「その『まさか』なんだけど」

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