閑話 検閲
ベニヤ板が取り囲む部屋のデスクには24インチのディスプレイが三台鎮座し、手元では薄いキーボードが変幻自在に色を放っていた。他に明かりとなるものは……今のところない。
「救世主ねぇ……」
寝癖だらけの頭を掻きながら、彼女はじっと青白い画面を見つめている。
無機質なデザインの掲示板には幽灵城塞にまつわる噂の数々が書き込まれていた。常連しか頼めない裏メニュー、再生すると呪われる動画、地下アイドルのスキャンダル……それらに紛れるように、彼女が探す「救世主」の話はある。ユーイェンという神学者に憑いた「神」が自動筆記で書き上げた神話――それが、幽灵城塞で今後起こる出来事を予言していると囁かれていたのだ。
(陰陽の調和を乱す者現る時、陽の地より光の使者が現れ、正邪の戦いが始まる……)
予言の形をした噂話ならば他にも存在する。
だがこの神話は背景が現在の陰の地と酷似し、実際に不穏な出来事が起きているせいか、注目する人は多い。スレッドの書き込み数も桁が一つ違って「女の子が建物を突き破って落ちていった」「灵西樂趣路で大規模な抗争が起きた」という話が記されていた。
ふと、部屋の外から金属製の重いハッチが動く音がした。ブラウザを閉じたタイミングで戸が僅かに開き、背の高い赤髪の女性が隙間から顔を覗かせる。
「ゲンブ、いるか?」
「いるよー」
「残念だが、アキハバラ行きは延期だ。毒蛇が陽の地との連絡籠をずっと見張っていて近づけない。今、お前を外に出すわけにはいかん」
ゲンブと呼ばれた女性は、椅子の上で体育座りになって俯いた。
「代わりに灵南電気街を見ようと思ってる。探し物があるかは分からんが」
「仕方ないよ……スザクも、死なないでね」
「大丈夫だ。お前もちゃんと飯食っとけよ」
戸が閉まり、足音が遠ざかっていくのを確認したゲンブは再びブラウザを開いて掲示板へアクセスする。だが先程覗いていたスレッドは見つからなかった。閲覧履歴から辿ろうとしても「お探しのページはありません」という無慈悲な一文を突きつけられる。
こんなに早く消されるなんて――ゲンブがそう思ったように、他のスレッドでも「神話のスレが消された」という書き込みがいくつも行われていた。混乱をもみ消すように、神話をデマと断言したり、無意味な文字を羅列したりする「荒らし」の投稿も多い。
「信憑性は十分……やっぱ、なんかあるな」
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