第10話 いざ次の場所へ
門を塞いでいた僧侶たちが、本堂を守るために直ちに後退する。境内の全員が見上げると、門に黒いローブを纏った男が立っていた。
フードの中の顔は包帯が巻かれて確認できないが、その隙間から、水晶で作ったような目がシャオをしっかり捉えていた。京華とアヤメはこの男を見たことがあった。
「シェン・ウー……彼らは貴方が差し向けた者たちですね?」
「その通りだ
シャオから"シェン・ウー"と呼ばれた男が、本堂の中の京華とアヤメを見る。京華はこの世界へ来て早々の嫌な記憶を呼び起こされて身を丸くし、アヤメの背後で肩を震わせた。
「
「ああ、覚えてもらえて光栄だ、若き
胸に手を当てて格式ばった礼を一つ。その後、袖の中から糸綴じの本を取り出すと、序盤のあるページを開いては芝居がかったように頷いてみせた。
「ああ、神の記した筋書き通り、我らの再会は鮮烈なものになった。この今でさえもまだ、長い物語のほんの序章に過ぎない。世界はこの『神話』を待っていたのだ」
「神話……? 私が来るのを、知ってたの?」
「知っていたとも。だが、今はここでお別れだ」
シェン・ウーがローブを翻して背を向ける。シャオが周りの僧へ視線を送る。
「第三幕で会おう。花は咲き誇って散りゆくもの。蕾を刈るのは相応しくない」
そう言って、男は門の上から身を投げて姿を消す。少し遅れて僧たちが門を開くもそこに彼の姿はない。先程の炎で焼かれた蛇仮面たちの遺体の山があるのみだ。
葬儀場で嗅ぐような、人が焼かれた甘い香りが門の中へ流れ込んでくる。シャオは丁寧に弔うよう僧へ命ずると、すっかり震えた様子の京華の元で片膝をついた。
「お二方、具合はよろしいですか」
「私は大丈夫だ。スズは?」
「うん、平気。でもなんであの人は……」
京華は答えを求めてシャオの顔を見たが、彼はただ首を横に振るだけであった。
「相変わらず謎の多い男です。しかし、神話、ですか……」
「私も初めて聞く。師匠は何かご存じだろうか」
深淵に迫るにはまず、シェン・ウーが言い残した「神話」を知る必要がある――三人の見解が一致したところで、京華はアヤメの腕の中から顔を出した。その瞳には諦めと覚悟が宿っている。もう引き返せない、そう自分に言い聞かせているようだ。
「あの、神話のこと、本とかで調べられませんか? 私、調べ物だけは慣れてるので……もしかしたら、力になれるかもしれません」
シェン・ウーの襲撃後、庚申寺で一晩を明かした二人は
別れを済ませた二人が進むと、しばらくして長い下り階段に差し掛かる。降りていると風の音が聞こえてきた。それは、今の二人が幽灵城塞という巨大な構造物の端にいることを表していた。
「
「どういう場所なの?」
「幽灵城塞は、中央の幽灵中心と、東西南北四つの区に分かれている。そしてそれらは独立した構造物になっているんだ。昔、幽灵中心からの交通を良くするため、道路公司が建物の間を塞ぐ四本の太い道を作った……その一つがここ南西大門路だ」
風音を頼りに歩いていると錆びた戸の前に辿り着く。押し開くと、隙間からは湿った風が吹き抜けた。京華は顔を歪めながら外の世界へ足を踏み入れる。
「手摺はあるけど、あまり頼らない方がいい」
「そうみたいだね」
ベランダ、と呼ぶには少し迷う場所だ。建物の外へ張り出した鉄骨にいくつもの合板と柵が溶接されており、形の上では確かに二階以上の建物でよく見る空間である。だがそのあちこちには赤茶けた錆が入り、一歩踏み出すのさえ憚られる不安定な足場になっていた。
そして、柵の下には黒い大地が広がっている。建物の光が届く範囲に限れば、そこには一切の動植物の気配がない。灰の大地と呼ぶに相応しい場所であった。
「こんな場所に、こんなに大きな建物が……」
「この世界は分からないことだらけだ。住む者たちは毎日の生活で精一杯で、とても建物の外に出られるような状況じゃない。私も師匠も、外の話は聞いた試しがない」
「外には何があるんだろう」
「考えてもきりがないぞ。一説には怪物がいるとか……まあ、それもどうだか」
灵南区と呼ばれる巨大構造物に浮かぶ、無数の光の点。
視線を上へ持っていくと、七階分高い場所に塗り潰したような灰色の「空」があった。鉄筋コンクリートの道の下に、木と竹を組んで作った点検路が走っている。丁度、そこを歩く作業員の様子が二人の位置から確認できた。
「……ねえ。あそこ、通っていくの?」
「通りたいか?」
「嫌だよ! ここ、こんなに、高いのにっ!」
「大丈夫だ、近くにちゃんとした連絡路がある。そろそろ行くか」
二人は建物の中へ戻る。しっかりとした床に足をつけた京華はそこで尻もちをついた。腰が抜けたのか、再び足に力が入るまで五分程待つ羽目になった。
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