第8話 いつか咲く日を夢見て
京華とアヤメが庚申寺に身を置いてから数日が経った。
その間、アヤメはかつて自身が行っていた訓練を京華へ真似させていた。刀の持ち方、腰と足の使い方、体力を温存する操り方――境内の蝋燭の炎が、二人の刃の中で揺れる。
「スズが使っている柳葉刀だが、私もそれについては基本しか教わっていない。本来であれば師匠が指導すべきだが、今は私ができる限りを伝えよう」
「アヤメちゃん、ちょっと楽しそうだね」
「普段は教わる側だからな。ただ、誰かに教えるのは、これはこれで難しい……」
京華の華奢な身体では刀を片手で持つだけでも一苦労である。だが、使い方が身体に馴染むのは早かった。アヤメの伝えるやり方を京華は鏡写しに修得していく。身体を動かすごとに、カンナから授けられた戦闘知識を少しずつ「理解」していった。
「おや、今日もですか。精が出ますね」
「こんばんは、シャオさん。いつもすいません」
「いいんですよ。貴女の才能が花開くのであればそれ程嬉しいことはありません」
「シャオさん、それは、手紙……?」
住職のシャオは、一本の手紙を持って来ていた。捻れた紙の皺を伸ばすとアヤメの名前が書かれている。アヤメはその筆跡に眉を上げ、受け取ってすぐに手紙を読んだ。すると、次第に強張っていた頬から力が抜けていき、最後は口元に安堵の笑みが浮かんだ。
「ああ、やはり師匠からだ……良かった、何事もなく無事のようだ」
「先程、カラスが裏の門に止まっておりまして。足に巻き付けられていたのです」
「ちゃんと逃げられたんだ。すごくほっとした……」
「それだけじゃない。本部の大雑把な位置を割り出して、それをこの手紙に記してくれている。本当にあの人はなんなんだ……」
広げられた手紙には簡易的な地図が描かれ、隣には推測されたいくつかの施設の住所が書かれていた。京華にとってはどれも馴染みのない文字だ。
「
「巳の方角って……」
「……ああ、そちらの方は
二人の会話を聞いていたシャオは穏やかな顔を浮かべたまま京華へゆっくりと一礼をした。京華とアヤメは二人で顔を見合わせていたが、ふと思い至ったように京華が口を開く。
「まだシャオさんに自己紹介してない!」
「……ああっ!」
二人は一瞬で横に並び、慌ただしい様子でシャオに向かって何度もお辞儀した。
「えっと、その、スズラン、です」
「大変申し訳ない、私はアヤメだ。無礼を許してくれ」
「大丈夫ですよ。そうですね、スズランさんはまず、この世界を知る必要がありましょう」
こほん、とシャオが喉を鳴らす。
「この
「うわぁ、覚えることいっぱい……」
「ここ庚申寺は幽灵中心から
そう言ってシャオは大まかな方角を手で示す。遠くに、どこかへ続くフェンスゲートが一つ見えた。そこから先の様子は暗すぎて窺えない。京華は頬を力ませ、握っていた刀を見返す。
「……やっぱり、不安になってきたかも」
「大丈夫だ、私が練習に付き合う。少しずつ頑張ろう」
「本当にごめんね、アヤメちゃん」
京華がアヤメに励まされている間、シャオは、門の方をじっと睨んでいた。
彼は微笑みを絶やさずにいたが、先程とは異なって神経を尖らせている。周りが妙に静かだった。境内の外で念仏を唱える声もなければ、遠くの
「シャオさん?」
「ふむ……」
何かがおかしい――三人は境内の中央へ歩を進める。
直後、門の向こうから黒い人影が前のめりに歩いてくる姿を見た。僧侶だ。それが門の前で転び、力尽きたように動かなくなった後、ゆっくりと歩み寄る集団の影が宵闇から浮かんでくる。
蝋燭の揺らめく光を受けたのは、緑のジャケットを纏った侵略者たちだった。
「
「スズランさん、アヤメさん、心苦しいですが、少しだけお任せできますか?」
「シャオさん、何か考えがあるんですか?」
「はい。彼らはおそらく先方隊でしょう。遠くより更に良からぬ気を感じます。策がございますので、境内より外に出ないようお願いします」
「わ、わかりました。戦うしかない、よね……!」
シャオが背を向けて足早に本堂へ戻り、京華とアヤメはそれぞれの得物を手に
「大丈夫、今のスズならできる。練習の通りにやれ!」
「う……うんっ!」
京華の返事が、庚申寺の不気味な静寂を切り裂いた。
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