第5話 灵西の女剣豪カンナ
「アヤメから聞いているかもしれないが、この世界は今、消滅の危機にある」
緑髪の剣豪、カンナが語った内容はアヤメが話したものと大体同じだった。
世界は陰と陽の二つの気で作られており、形あるものは全てこのどちらかの気を多く含む「偏った状態」で存在している。物体内の陰陽の割合が五分五分になればその姿かたちは失われ、霧のような存在「
「そして今……この
「
「うん、記憶力も素晴らしいな。奴らは、この世界から陽気を操れる者を抹消しようとしている。スズちゃんのように、力をまだ使えない人も含めてね」
京華が身を縮こまらせる。それを落ち着かせるようにアヤメは手を繋いだ。
「人間もまた、陰の性質を持つ者と陽の性質を持つ者に分かれている。中にはその力を呪術のように用い、物質の陰陽バランスを整えられる特別な存在がいるんだ。陰の力を司る者を
「……もしかして、さっきアヤメちゃんがしてくれたことって」「待て、スズっ」「ふうん……やっぱりシてたんじゃないか、隠すことでもないだろうに。まあいい。スズちゃんが思った通り、アヤメは宵鬼としての才があった。そしてスズちゃんは明花として目覚めることができる。今はやり方が分からなくても、才能はあるんだ」
そっと、カンナの手が京華の頬を撫でる。至近距離で見つめられていた京華は視線を下へ落とし、自分の手のひらをじっと見ながら照れを隠していた。
「こっちの世界は元々陰に傾いた状態で存在していたが、それでも人々や物質は陽の気を取り込み続けている。それを見過ごせば世界は陰陽が等しくなった状態――『混沌』へ還り、世界創造前、それこそ灰煙のように不確かなものになってしまう。宵鬼は陰の力で、明花は陽の力で大いなる気の流れを操り、世界をあるべき姿へ調和させる役割を持っているわけだ」
「でも、深淵は明花を消そうとしているって。どうしてそんなことを……」
「奴らの考えてることはよくわからん。明花を倒せば世界が正常になると信じているのか……勿論、結果はその逆なんだがな。仮に明花が滅ぼされれば陽の気を操る者がいなくなり、この世界の物体は姿形を失ってしまう。それは世界の終わりと同義だ」
落ち着かない京華は視線を彷徨わせる。
アヤメと目が合うと、彼女は静かに頷き、カンナの話を確かに認めた。
「既に、
「……自信ありません。今は何もできないし、分からないことも……」
「勿論、君が戦いの初心者であることは分かっているさ。だから一つ――」
その時、カンナとアヤメは何かに気が付いて息を止めた。
二人が部屋の入り口へ眼光を放つ。家の戸が開かれると、カンナは無言のままアヤメに視線で命令。それを受けた彼女は大太刀を抜き、不心得者の対応に向かった。
そして、京華はカンナの手で部屋の奥へ強引に引っ張られた。二人が物陰で身を隠す。遠くで剣戟音が鳴り始める。場の空気が一瞬にして張り詰めた。
「カンナさん、アヤメちゃんは……」
「静かに、スズちゃん。口を開けて。すぐに終わらせるから」
カンナは一瞬微笑んでから京華を抱き寄せ、前にアヤメがそうしたように唇を優しく重ねた。カンナの喉がぶくぶくと膨らみ、上ってきたものが京華の口へ注がれる。
意思など関係なしに流し込まれるそれを京華は拒否できない。どこか依存性のある甘い粘液を飲まされるにつれ、頭の中に気持ちいい波が押し寄せ、顔が蕩けていく。
「んっ! ん、んん……」
ドロドロとした甘いものを飲む間、京華の目の裏に何かの景色が一瞬だけ映り込んだ。それは、蛇の仮面を被った者たちを「誰か」が切り刻む主観映像。こちらへ向かってくる刺客を片手刀で一人ずつ切り崩す、戦いのワンシーン――
「か、はっ……!」
「スズちゃん、戻って来たね? 良かった、全部うまくいったぞ」
現実へ引き戻された京華は、すぐそこでアヤメが誰かと戦っている事実を思い出した。カンナは、自分が携帯していた
「君へ流し込んだ陽気に、私の戦闘経験と記憶を複製したものを乗せた。これは種だ。成長したら、スズちゃんも一人で戦えるようになる。今はアヤメと逃げてくれ」
「逃げるって、どこに……」
「
「でも、カンナさんは……!」
「あっはっは、いい子だねスズちゃん。でも、いい子は卒業しないと街に食われちまうよ」
「師匠、抑えきれません!
アヤメは口早に述べ、二人の元へ飛び下がってくる。続けて、仮面を被った敵が三人、鉄パイプ片手に彼女たちへ一歩ずつ迫ってきた。彼らは、先程のキスで京華が一瞬だけ「視た」者たち。加えて、あの時彼女をトイレで震え上がらせた連中と同類だった。
「良くやったぞアヤメ、後はその子を例の場所まで」
カンナが二人の前へ出る。すぐさま、蛇の軍勢が襲いかかってきた。
勝てるわけない、と薄目になる京華。だが、カンナは敵の一撃目を、身体を反らすだけで避けてみせる。直後、カンナの手元で刃が煌くと、一番槍の手首が弾き飛ばされて部屋の隅に転がった。
迷いはない。彼女は床の鉄パイプを蹴り上げ、もう一人の胸元を打ち抜いた。
「すごい……」
「スズ、こっちだ。ここは師匠に任せよう」
部屋の奥には裏口がある。その先にはまた、あの迷路のような小道が続いていた。アヤメは懐から京華の靴を取り出し、彼女の足元へ転がした。
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