7-13
ファンファーレが鳴り響いた。
各馬がゲートに誘導されていく。俺とダンスは、比較的早めにゲートに収まった。
ふと俺は右を見る。ゲートの向こう側には観客席。そこには七万五千人がいる。ファンファーレと同時に手拍子をする音が、空気を揺らしているのが俺にもわかった。
これが、『日本ダービー』――。
そこでロッキーが13番ゲートに入るのが見えた。直後にローレルが15番ゲートに誘導されていく。俺はそこで前に向き直った。
――競馬は勝とうと思って勝てるものではない。
それはどのレースでもそう。
ただ、ダービーにかける騎手たちの想いは、そんなものなんかじゃない。
だからこそダービーには、最高の馬と騎手がそろう。
それは俺もよくわかっている。
そして俺が、そんな舞台に合うほどの器じゃないことも。
でも、俺は親父との約束をはたしたい。
だからこそ、俺は――。
「そして最後に18番、ユウショウオリオンがゲートに向かいます」
ふとそんなアナウンスが流れてきた。
俺は鞍に座りなおす。
「ユウショウオリオン、ゆっくりと誘導されて、今、18番ゲートに収まりました。
さあ、生涯一度の夢舞台。『第89回日本ダービー』――」
そしてゲートが開かれた。
「スタートしました」と言う実況とともに、十八頭の三歳馬が一斉に走り出す。東京競馬場第十一レース、芝コース二四〇〇メートルのGⅠ競走、『日本ダービー』の火蓋が今、切って落とされた。
「そろいました。きれいなスタート。各馬これから第一コーナーに向かいます」
そんな実況が響く中、俺はダンスを内ラチ沿いによせる。位置取りは後方。ダンスの外にはテキサス、後ろにはスカッシュ。同じ勝負服の二頭がいる。
「さあ、まず先頭は何が行くか。15番のカコノローレルがやはり先頭を奪うか。しかし外から14番のキャプテンポラリスも迫っている。
その直後には6番のポケモーターと、12番のリュウセイライナー。大外には17番のランナオブファイアがいて、この五頭が先頭を奪い合う形であとは後続の各馬一団となっております。
各馬これから第一コーナーに向かいますが、ここで先頭にカコノローレルがおどり出た。15番カコノローレル単独先頭。キャプテンポラリスは半馬身後ろに控える形となった」
やっぱりローレルが先頭か。
でも、その直後にロッキーはいない。
――となると、ロッキーは先行集団のどこかか。
第一コーナー、第二コーナーを曲がりながら、俺は各馬の様子をうかがう。
――いた。
そこか、ロッキー。
「各馬第二コーナーから向こう正面の直線コースへ。
先頭は15番カコノローレル。〈無敗の女帝〉が今日も逃げている。その外から14番キャプテンポラリスが半馬身差で追いかける。
その直後、一馬身後ろでは三頭が一団。内に6番ポケモーター。大外17番ランナオブファイアがいて、その間から12番リュウセイライナーはここ。
二馬身あいて先行集団。内に9番ダイヤンフライヤーがいて、大外8番セトナイトエース。13番ロッキーロードはその間から様子をうかがっている。
その直後には中団まとまって、内に2番のシノノメブーストと1番のマイトップスピード。白い帽子の二頭が並んでいる。その外には16番のヤタノチャリオットがいるが、ここで大外から11番のダイヤンスターダムがまくっていく。中団四頭が並んだ。
先頭カコノローレル、一〇〇〇メートル地点の通過タイムは五七秒〇。なんというハイペースだ。しかし他の十七頭、まだまだ食いついている。
中団から一・五馬身離れて、後方では内に5番のマナーメイクスマン。その外、真ん中には3番マイベストフレンドがいて、18番ユウショウオリオンはそこから半馬身差、大外からの競馬となった。
そこから二馬身離れて、内に7番のダンガンストレイト。その外には4番のテキサススタイルがいて、それから単独最後方には10番ロックスカッシュという展開。
馬群は縦長。残り一〇〇〇メートルの標識を通過して、馬群はこれから第三コーナーへ向かっていきます」
今のところダンスに悪い変化はない。
いつも通り、落ち着いて走っている。
よし、その調子だ。
勝負はいつも、最後の直線――。
「カコノローレルが第三コーナーの大ケヤキを通過。これから第四コーナーへ。後続も少しずつ迫ってきた。馬群がどんどん縮まっていく。
第四コーナー、残り六〇〇メートルの標識を通過。いろんな想いを背に乗せて。さあ、十八頭が最後の直線、五二五・九メートルの直線にさしかかった」
よし、今だ。
俺はダンスの手綱をしごく。ダンスが少しずつ、でも確実に加速した。
ダンスはそのまま、最内を突いて後方集団を交わしていく。
「さあ、生涯一度の夢舞台、最後の直線。先頭は依然カコノローレル。キャプテンポラリス苦しくなったか。キャプテンポラリス後続の馬群に沈んでいく。
残り四〇〇メートル。栄光まで残り四〇〇を切った。カコノローレル坂を登る」
ダンスは現在中団の先頭。
これで先行集団が見えた。
でも、進路が見当たらない――。
その直後、先行集団の真ん中から一頭、ローレルに向かって飛び出していった。
「ここでロッキーロード迫ってきた。まんなかを割って13番ロッキーロード、カコノローレルをとらえる勢いだ。
大外から18番ユウショウオリオン、驚異の末脚。6番のポケモーターも最内を突いてやってくるが、二番手独走ロッキーロードだ。カコノローレルまで残り三馬身」
――チャンスだ。
俺はダンスの左腹に一発、鞭を打った。
ダンスが先行集団のまんなかに割って入る。
俺はそのままもう一発、今度は右腹に鞭を打った。
ダンスがそのまま、先行集団を交わしていく。
ロッキーロードは目の前だった。
「その内からダンガンストレイトだ。7番ダンガンストレイト、内から割って入ってきた。そのままロッキーロードと並んだ。ロッキーとダンガンの二番手争いだ。
残り二〇〇メートル。先頭カコノローレル逃げ切るのか。それとも伏兵二頭が女帝を越えるのか」
「言っとくけど、早乙女にばかりいい思いはさせないからね」
俺はふと、矢吹がダービー直前に早乙女に言った言葉を思い出した。
「イチバン強いのはロッキーだってこと、僕が証明してみせる」
――ああ、そうだな。
矢吹、たしかにお前は強いよ。
早乙女とローレルを越えられるとしたら、もしかしたら、それはお前とロッキーなのかもしれないな。
でもな、矢吹――。
カコノローレルに勝ちたいのは、お前だけやあらへんぞ。
最内は壁になりやすい?
大外の方が交わすのに有利?
知ったことか。
俺はダンスのこの加速力にほれたんだ。
だから俺は、ダンスがキモチよく走れるように誘導するだけ。
それがたとえ最内だとしても、ダンスはそこを選んだ。
だからダンスは必ず突破できる。
ダンスに常識なんて通用しない。
俺が、それを証明してみせる――。
ダンスをイチバン理解しているのは、この俺だ。
俺はもう一度、ダンスの右腹に鞭を打つ。
その瞬間、ダンスが風になったような気がした。
「ダンガンストレイト交わした。ダンガンストレイトが二番手だ。ロッキーロード懸命に食いさがる。しかしダンガンストレイトが半馬身抜け出した」
――よし、あとはローレルだけや。
俺はダンスの右腹に二発、さらに鞭を打った。
ローレルの首、打ち取ってやる。
――?
なんでや、差が縮まらへん。
ダンスは確実に加速してるはず。
それなのに、どうして――。
どうしてローレルに近づけないんや?
それに、ロッキーもロッキーでなんやねん。
ダンスの横にくっついて離れへん。
半馬身離したはずやのに、なんでずっとついてくんねん。
「行け、風花」
ふと真後ろから、誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。
――いや、見なくてもわかる。
あれは進さんの叫び声や。
そっか、ロックスカッシュも、もう真後ろまで来てたんやな。
おいおい、なんやねん、このバケモンたちは――。
「しかし先頭はカコノローレルだ。三馬身差が縮まらない。三馬身差が縮まらない。
高嶺の花が今、男たちの戦場で凛と咲いた。
カコノローレル、今、一着でゴールイン。
カコノローレル七戦七勝。〈無敗の女帝〉ここにあり。第89代ダービー馬は、二〇〇七年以来、十五年ぶりの牝馬、カコノローレルです。
早乙女 風花ガッツポーズ。早乙女 風花が、馬上でガッツポーズ。
早乙女 風花、日本競馬史上初の女性ダービージョッキーに。そしてカコノローレル、これでクラシック二冠達成。
勝ちタイム二分二一秒一は堂々のレコード。最後の六〇〇メートルは三四秒一での通過と表示されています。
そして二着は7番ダンガンストレイト。三着13番ロッキーロード。十番人気と七番人気の伏兵同士が追い込みましたが、ダービーの夢はかなわず。
そして一着馬から三着馬までの騎乗ジョッキーは、なんと三人とも三十三期生という同期同士での決着。
本当にこんなレースがあっていいのでしょうか。
そして今、着順がすんなりと表示されました。一着15番カコノローレル。二着7番ダンガンストレイト。三着13番ロッキーロード。四着18番ユウショウオリオン。五着に6番ポケモーターと表示されています。
しかしまだ確定のランプはともっていません。確定まではもうしばらくかかりそうです。お手持ちの勝馬投票券は確定までお持ちのままお待ちください。
以上、東京競馬第十一レース、三歳GⅠ競走『第89回日本ダービー』の模様をお伝えいたしました」
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