7-10
「決めた。俺、ダービージョッキーになる」
お袋が来賓の人たちと話をしている間、俺は誰に言うでもなくそうつぶやいた。
「どうしたん、急に。アンタ疲れてるんとちゃうか」
と、俺の向かい側に座る姉貴が困惑した表情で俺にそう尋ねた。
「あ? 別に親父の霊は俺に憑依しとらんわ」
と俺が言うと、
「いやそっちの『憑かれる』やないわ」
と、姉貴がツッコミを入れた。
「ブフッ」
と、火葬後の精進落としを食べていた三宅さんがむせる。
隣にいた俺はすぐに三宅さんにお茶を飲ませた。三宅さんが落ち着いたタイミングで、俺はもう一度口を開く。
「俺、三宅さんの弔辞を聞いてて思ったんや。俺がジョッキーを目指す理由を作ってくれたのが親父やし、それをイチバン応援してくれたのも親父やった。せやから、今の俺にできる最大限の親孝行は、それしかないと思うねん」
「親孝行、ねえ……」
と、姉貴がいなりずしを口に入れながらそうつぶやいた。
「でも、それはお父さん限定の親孝行やろ? お母さん、毎週末ウチに『颯也が死ぬかもしれん』ってLINEよこしてるんやで。それってお母さんへの孝行にはならんやろ」
姉貴のその言葉を聞いて、俺は、
「それは……」
と、つい口ごもってしまった。
「いや、俺は颯也くんに賛成や」
と言ったのは三宅さんだった。
「俺もアイツに漫才やろうって誘われたからな。アイツがいなきゃ、俺は一生タダの役所勤めだったかもしれん。役所勤めがイヤだったわけやないけどな。でも、漫才師にならなきゃ見れない景色をアイツは見せてくれた。大学の後輩だったはずやのに、いつしか俺の方が、アイツについていく側になってたもんや」
そう言って、三宅さんは昔を思い出したように、目をトロンとさせる。
「颯也くんも、同じように競馬に夢を見たんやろ? せやったら、ダービージョッキーになりなさい。その方が、大輔もきっと喜んでくれるで」
三宅さんは笑いながら、俺にそう言った。
「俺も、颯也くんの意見を尊重したい」
と、姉貴の隣に座っている雄太さんがそう言った。その両腕には、スヤスヤと眠る伊吹が抱かれている。
「正直、競馬とかそういうのは俺にはわからないけど、でもお義父さんに応援されてたんだったら、競馬で恩返しをするべきだと思うんだ。俺もバンドマンになりたかったんだけど、両親に反対されてたからさ。それで会社員やってるんだけど、まだその夢を捨てきれてなくて、週末にバンドでギター弾いてるくらいには、俺もまだ夢を追いかけてる。
でも、颯也くんには応援してくれる人がいる。俺、知ってるんだ。お義母さんはいつも心配してるけど、本当はテレビで颯也くんを応援してること。だから大丈夫、颯也くんはスゴいジョッキーになれる。だから、俺にも応援させてくれよ」
雄太さんはそう言って、俺に向かってニッコリと笑った。
「ハア。まったく、なんでウチの周りにはこんなバカな男しかおらんのやろ」
と、姉貴はため息をはきながらそう言った。
その後で、
「まあ、東京のイケメンと結婚するって夢をかなえたウチも人のこと言えないか」
とつぶやいた。
「ところで雄太くん。週末にバンドやってるって話、私はじめて聞いたんだけど?」
そう言って、姉貴はコワい笑顔で雄太さんの方を見る。
「あ、えっと、その……」
雄太さんがしどろもどろになった直後、今まで寝ていた伊吹が突然泣き始めた。
それはまるで、雄太さんの心の声を代弁しているみたいに――。
伊吹、お前さては狙ったな?
俺は思わず心の中でそうツッコんだ。
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