7-4

「あかん、ヤバいヤバい」

 俺はそうつぶやきながら、厩舎に向けてバイクを走らせる。とはいっても、栗東りっとうトレセンの構内は馬優先だから、もちろんそんな高速で移動できるわけじゃない。

「なんで二度寝したんや、俺」

 俺は自分にそうつぶやく。

 まさかベッドの上でそのまま寝オチしてしまうとは――。

 おまけにスマートフォンの電池は、充電したものの残り一ケタしかない。

 そして俺は安全運転を心がけ、厩舎のそばにバイクを止めた。

「おはようございます」

 俺は馬房の中に入ってからそう言おうと思ったが、馬房の前ではもうすでに、調教を行う馬の乗り運動が始まろうとしていた。

 そこには茨木いばらきさんと、芥川あくたがわ先生の姿があった。

 俺はその二人に見つからないように、調教用のゼッケンと鞍を乗せたデウスエクスマキナの影に隠れる。俺はそのままバレないように、馬房の中のロッカーまで動いていく。

 すると突然、マキナが俺のいる方向に振り向いた。

 あ、ヤバい。マキナと目が合っちまった。

「どしたん、マキナ」

 そんな声が聞こえたと同時に、茨木さんも俺のいる方向に振り向いた。

「おう、風早。おはようさん」

 茨木さんは俺に大きな声でそう言うと、

「風早?」

 と、芥川先生の声が聞こえてきた。

 ――うん、死んだな。俺。

 直後、芥川先生が俺に近づく足音が聞こえてきた。

 このままだと俺は先生に殺される。でも逃げたら、確実に息の根を止められる。

 どのみち俺が無事ですむはずがなかった。

「颯也、今何時か言うてみい」

 芥川先生は中腰状態の俺を見下しながらそう尋ねた。

「……だいたい五時二十分、ですよね」

 俺は先生となるべく視線を合わせないようにそうつぶやくと、

「何遅刻しとんねん。今日は美浦みほからウチの馬に乗りに来たヤツもおるんやぞ。それがお前のせいでスケジュール狂う寸前やったわ。それなのにお前、あいさつも謝罪もなしか」

 と、先生は俺に諭すようにそう言った。

「いやあ、あのですね。スマホの充電が切れててアラームが鳴らなかったと言いますか、なんと言いますか……」

 俺がどもりながらそう言うと、

「言い訳するヒマがあんならさっさと調教の準備してこいや」

 と、先生は声を荒らげて俺にそう言った。

「すみませんでした」

 と、俺は思わず叫びながら馬房のロッカーを目指して走る。

 最悪な一日の始まりだった。

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