7-3
初めて競馬場に行った日のことを、俺は今でも鮮明に覚えている。
しかもそれは阪神競馬場でも京都競馬場でもなく、『日本ダービー』当日の東京競馬場だった。
「はあ、やっと座れる思たのに、こんなに人おるんか」
東京競馬場の最寄り駅、京王線の府中競馬正門前駅から帰りの電車に乗ったお袋が、ふとそんなことを言った。
「は? ダルいて」
姉貴がそう呟いたちょうどそのとき、電車のドアが閉まり、それからゆっくりと発車した。
まだ若かったお袋と、まだ小学生だった俺と姉貴は、そのまま電車にゆられながら、ドアの近くによりかかった。
「それにしても、父ちゃんも人使いが荒いよなあ。仕事なんは分かるけど、だからって代わりに競馬見てきてほしいって」
お袋がそう言うと、
「てか、競馬なんて父さんの趣味やろ。なんで無関係なウチらが巻き込まれなあかんねん。せっかくの東京旅行が半日台無しやわ」
と、姉貴が不満をもらした。
親父は普段、大阪を中心に活動しているのだが、今日は東京の方でテレビ番組の収録があり、どうしても抜け出せない用事だった、と後でお袋から聞いた。
それがたまたま『日本ダービー』とかぶってしまい、ダービーを録画してきてほしいと親父に頼まれ、俺たちは一台のビデオカメラと交換用の電池、それから三人分の入場券を親父から渡されたのだった。
「とにかく、母さんちょっと座りたいわ。競馬場って自由席ないんやな」
「それより、なんでジョッキーって他の男よりチビなのが多いんやろ。顔はええのにもったいないわ」
お袋と姉貴がそれぞれに愚痴をこぼしているとき、俺はただ黙って、ビデオカメラで撮った映像をひたすら眺めていた。
それまで先頭を走っていた18番を、大外から覆いかぶさるように3番がそれを交わしていく。それが起こったのが、俺たちの立っていた場所の目の前だった。そして3番は、そのまま一着でゴールした。
俺はその様子を、お袋にだっこされながらビデオカメラに収めていた。
「俺、ジョッキーになりたい」
俺がビデオカメラの映像を見ながらそう言うと、
「は?」
と、お袋と姉貴が同じタイミングでそう言った。
「どうしたん、急に。人でも変わったんか」
お袋がそう言った直後、
「ウチは嫌やで、弟がチビになるの。チビでブサイクってなんの取り柄もないやん」
と、姉貴が俺にそう言った。
「なんやねん、お前。失礼な」
俺が姉貴にそう反論すると、
「やめなさい、
と、お袋が姉貴にそう叱った。そして今度は、
「
と、俺も叱られた。
その直後、俺は目を覚ました。
「なんやねん、夢オチかい」
俺はそうつぶやいて、ベッドから身体を起こす。俺は枕元においていたスマートフォンを手に取り、時間を確認しようとした。
「あ、充電切れとる」
俺はそう言って、スマートフォンをベッドの上に放り投げる。そのまま俺はため息をついて、もう一度ベッドの上にボフッとたおれこむ。
俺はそこで仰向けになりながら、両腕を頭の後ろに組んで、しばらく天井を見上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます