7-2
そしてゲートが開かれた。
「スタートしました」という実況とともに、十八頭の馬たちが一斉に走り出す。
五月一日、日曜日。今日の阪神競馬場のメインレースは第十一レース、芝コース三二〇〇メートルのGⅠ競走、『天皇賞(春)』だ。俺と矢吹はもう乗り鞍はないけれど、これを観るために一緒に外で観戦しているところだ。
「さあ、勢いよく飛び出したのは8番のユキカゼプリンス。その外から覆いかぶさるように14番のイコマレーザーも先頭を狙います。この二頭の先頭争い。どちらも譲らない姿勢だ。
それを追走するように2番のキタサトクロニクルが大外。その内から様子をうかがうのは6番アケノミョウジョウです。真ん中から5番のキングリープライドも並びかける。
その直後にも三頭が並んだ。内に15番のリュウセイエイジがいて、真ん中には3番のモノクロトーキー。それから大外に10番ユウショウトリトンといった形。
それから二馬身離れて中団。4番ソコンゴディバがやや優勢か。内の7番ガーデンオブヘブンと並んでいます。牝馬二頭が並んで中団の先頭。
その後ろ一・五馬身ほど離れて、内から1番のセトナイトスパーダ。その外に9番のファストクラウンですが、ここで13番のヤタノラグナロクが一気に大外からまくり上げていく。
それからその後ろに11番のダイヤンアヴァロンと大外16番シノノメホクト。
そして単独最後方に12番サガといった隊列になっています。
馬群はこれから第三コーナーへ。先頭は未だ二頭での競り合いですが、ここで今8番のユキカゼプリンスが単独で先頭に立ちました。14番イコマレーザーは二馬身ほど離れて二番手に控える形となった」
「なあ、矢吹。昨日も聞いたけど、俺ってダービージョッキーになれると思うか」
俺が矢吹にそう尋ねると、
「どうしたの、急に」
と、矢吹が俺の方を向きながらそう尋ね返す。
「いや、なんとなくな」
と、俺は矢吹にそうつぶやく。
「もしかして、ダービーに出走するから緊張してるの」
ふと矢吹が俺にそう尋ねる。
「なんでそんなこと言うんや」
俺はびっくりして矢吹にそう尋ね返した。
「なんとなく」
と、矢吹はそう答える。
「エスパーか、お前は」
俺はそう言って矢吹にツッコむ。
「まあでも、否定はできひんな。いや、緊張っちゅうより、もしかしたら不安なのかもしれん。自分でもようわからんねん。ただ、何か漠然としたモヤモヤが、ずうっと俺の心の中で漂ってる感じがする。これがダービーの重みっちゅうヤツなんかもな」
俺がそう言うと、右側の方から、馬たちの蹄の音が近づいてきた。
「さあ各馬一回目の坂を登ってゴール板の前を駆け抜けていきます。馬群はこれから第一コーナーに向かっていくところ。先頭は依然8番のユキカゼプリンスです。それから14番のイコマレーザーが続いて、あとは各馬一団。そして最後方にぽつんと一頭、12番のサガが追いかける形が続いています」
そんな実況の声とともに、ゴール前で観戦している俺らのすぐ目の前を、十六頭の馬たちが駆け抜けていった。
「風早のその気持ち、僕もわかるよ」
ふと矢吹がそうつぶやいた。俺は思わず、左隣にいる矢吹の方へ振りむいた。
「僕がダービーに出られるなんて、今でも信じられないよ。僕なんて、そんな大層な騎手なんかじゃないのにね。でも、ダービーに出るからには、僕はロッキーが強いことを証明してみせる。せっかくダービーなんて大舞台まで来れたんだ。だったら戦わないと」
矢吹はまっすぐな目をしながらそう言った。
「すごいな、矢吹は。俺やったらそんなふうに考えられんわ」
俺がそうつぶやくと、矢吹は、
「勝つためには、そうやって自分を鼓舞していかないとね」
と言う。
こいつの穴馬を馬券内にもってくる技術は、こういうところから生まれているのかもしれないな。
俺はふとそんなことを思った。
「なんか、今の矢吹の言葉聞いてたら、さらに自身なくなってきたな」
俺がそう言うと矢吹は、
「え、なんで」
と、戸惑ったように俺に尋ねる。
「そんな発言できるのは、ダービージョッキーになる素質があるヤツだけやで、ホンマ。やっぱダービージョッキーになるとしたら、矢吹みたいなヤツなんやろな」
俺はそうつぶやくと、矢吹は、
「風早はさ、ダービージョッキーになりたくないの」
と、俺に尋ねてきた。
「なんやねん、急に。そりゃあ、勝ちたいに決まっとるやろ」
俺がそう答えると矢吹は、
「じゃあさ、僕と一緒に戦おうよ。僕はダービーで、ロッキーと一緒に世代の頂点に挑む。だから風早も、ダンスの強さを証明してみせてよ。僕はロッキーと一緒に、ライバルとして風早のダンスと戦いたいんだ」
と、俺の方をまっすぐ見ながらそう言った。そう言われると、俺にもなんだかやる気がわいてくる感じがした。
「おう、せやな。おし、待ってろよ三歳世代。待ってろよダービー。俺とダンスが、世代最強を証明したるわ。むろん、お前のロッキーにも容赦はせえへんで。早乙女のローレルにもな」
俺がそう意気込むと、突然観客席からワッと歓声があがった。
「各馬第四コーナーを回って、さあ最後の直線に差しかかっていく。ここで14番イコマレーザーが先頭に変わった。ユキカゼプリンス苦しいか。ユキカゼプリンス後退していく。
外からは懸命にキタサトクロニクル。内から4番ソコンゴディバも追い上げてくるが、あるいは真ん中を割ってシノノメホクトか。
イコマレーザー依然先頭。しかしその外からはシノノメホクト。シノノメホクトが猛追している。三番手はキタサトとソコンの接戦。シノノメホクト追いすがる。イコマレーザーまだ粘る。その差はおよそ一馬身。
残り二〇〇メートル。シノノメホクト迫ってきた。半馬身差にまで迫っている。しかし先頭はイコマレーザーだ。シノノメホクトか。イコマレーザーか。シノノメホクト。イコマレーザー。イコマレーザー逃げ切ったか、ゴールイン。
イコマレーザーがやりました。14番イコマレーザー、これで重賞二連勝。そして鞍上
勝ちタイムは三分一六秒四。最後の六〇〇メートルの通過タイムは三五秒〇と表示されました。
そして二着は16番のシノノメホクト。半馬身差での決着となっております。三着に2番キタサトクロニクル。四着4番ソコンゴディバ。そして五着に8番ユキカゼプリンスが入着しております。着順掲示板はいまだ点滅中。確定までもうしばらくお持ちください。また、お手持ちの勝馬投票券は着順確定までお持ちいただきますようお願いいたします。
以上、阪神競馬第十一レース、GⅠ競走『天皇賞(春)』の模様をお伝えいたしました」
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