7-5

「聞いたで、風早。今度は遅刻で怒鳴られたらしいな」

 マキナの調教を終えて芥川厩舎まで戻る途中、俺は足立あだち先輩に声をかけられた。足立先輩はセトナイトエースにまたがり、俺とマキナに近づく。

「なんでもう知ってるんすか、そんなこと」

 俺が足立先輩にそう言うと、

「ウワサってのは風に乗ってすぐ飛んでくるもんやで」

 と、足立先輩はゴーグル越しにニヤニヤしながらそう言った。この人が誰かをイジろうと思ったときは、いつもこんな顔になる。

「お前よかったなあ。『鬼の芥川』の愛の鞭なんてめったに受けられるもんやないで」

 足立先輩はニヤニヤしたまま、皮肉たっぷりに俺にそう言った。

「いや冗談キツいっすよ、ホンマに。こちとらいつ怒られるかわからんのですよ」

 俺が足立先輩にそう言うと、

「それがええんやろが。俺が芥川先生から指示受けるときなんて、ただ淡々と事務的に話すだけやで。怒られるっちゅうことは、そんだけ期待されとる証拠やぞ。知らんけど」

 と、足立先輩が言った。

「知らないんすか」

 と、俺は足立先輩にツッコむ。

「そいつの言うことは信用しない方がええで。コイツいつもテキトーやから」

 と言いながら、今度は勝浦かつうら先輩が足立先輩の隣にシノノメブーストをつける。勝浦先輩も、ちょうどブーストの調教を終えたところらしかった。

「やかましいわ。誰がテキトーやねん」

 足立先輩が勝浦先輩にそう尋ねると、

「『知らんけど』が口癖のヤツはだいたいテキトーやろ。知らんけど」

 と、勝浦先輩が言った。

「お前も言っとるやないかい」

 と、足立先輩がツッコんだ。

「俺の『知らんけど』は保険や。お前のとは違うねん」

 勝浦先輩がそう言うと、

「ほう、言ってくれるな。でも残念、俺の『知らんけど』もテキトーやないで。なんたって俺は鶏アタマやからな。三歩歩いたら忘れる俺の記憶力ナメんなよ」

 と、足立先輩はドヤ顔でそう言った。

「お前それ自分で言って悲しくならんの」

 と、勝浦先輩があきれながらツッコんだ。

「てか、なんで俺たちは『知らんけど』の話をしとんねん」

 と、勝浦先輩がつぶやくと、

「お前が突っかかってきたんやろが」

 と、足立先輩がツッコんだ。

「お二人とも、ホンマに仲がいいんすねえ」

 俺がニヤニヤしながらそう言うと、

「仲良くないわ」

 と、足立先輩と勝浦先輩が同時に俺にツッコんだ。

 風が強く吹き始めた。

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