5-11

「お疲れ、風花」

 私が昼食を取っていると、平坂先輩が私にそう声を掛けてきた。そして平坂先輩は、私の隣に腰を降ろす。

「お疲れ様です」

 私はおにぎりを食べていた手を止めて、平坂先輩に返事をする。

「中の具は何」

 平坂先輩は私にそう尋ねた。

「梅干しです。疲労回復に効くらしいので」

 私は平坂先輩にそう答える。

「そっか。いいなあ、しっかり食べることが出来て。俺は減量しなきゃいけないから、今日はゼリーだけだ」

 平坂先輩はそう言って、ゼリー飲料のキャップを開けて飲み始めた。私はもう一度、おにぎりを口に運ぶ。

「野暮なこと聞くかも知れないけどさ、風花はどうして、一流になるのが目標なの」

 平坂先輩は私にそう尋ねた。

「父にお願いしたんです。一流の騎手になりたいから競馬学校に入学させてくださいって。でも、それだけじゃないんです。早乙女家は代々騎手の家系で、それで父も騎手でしたから、物心ついた時から私も父みたいな一流の騎手になりたいと、漠然と思っていました。競馬学校で同期のみんなと出会ってからは、その気持ちが更に強まりました。鞭を使わないで馬の能力を引き出す同期だったり、最後の直線勝負なら誰にも負けない同期だったり、そんな人たちを見て、私も負けられないと思うようになったんです。だから私は、そんな同期と渡り合える位一流の騎手になろうと、そう決めたんです」

 私は平坂先輩にそう答える。

「でも、風花はもう立派な一流だと思うよ。今年のレース、既に俺よりも勝利数稼いでいるし、六年目にして三〇〇勝以上してるんでしょ」

 平坂先輩は私にそう尋ねた。

「いえ、今はそうかも知れませんが、この状態が何年続くかも解りません。私は私が騎手でいられる間、いつまでも同期と渡り合える存在でいたいんです。それが私の、『一流』の定義ですから」

 私は平坂先輩にそう答える。

「凄いな。俺よりもしっかりした考え方してる。俺なんて、一鞍でも多く騎乗する事しか考えてなかったからなあ。それなのに、そう思えば思う程中々勝てなかったんだよね。本当、あの時の俺の感情って、一体何だったんだろうね」

 平坂先輩がふとそう言った。

「あの、それを私に言われましても」

 私は平坂先輩の言葉にそう返事をする。

「え」

 平坂先輩は私にそう尋ねた。

「え」

 私は平坂先輩に尋ね返す。春なのに、何故か冷たい風が吹き始めていた。

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