5-9
私と近江さんがローレルとスパークルに騎乗したまま厩舎に帰ると、優介さんと
「戻りましたあ」
近江さんがそういうと同時に、優介さんと水川さんが
「風花ちゃん、お疲れ。どうやった、調教の方は」
水川さんはスパークルにリードを掛けながら、私にそう言った。
「どうやったも何も、やっぱローレルは化け物やで。また最初の二〇〇メートルで十一秒台出しよったわ」
私の代わりに、近江さんがそう答えた。
「しかし、ローレルも牝馬なんやから、もっと気性が荒いもんやと思っとったけどな。よう風花ちゃんの言うこと聞くわ」
優介さんが、リードを掛けたローレルを引っ張りながらそう言った。
「そりゃあお前、風花ちゃんが牝馬をも虜にする程のべっぴんさんやからやないか」
水川さんが優介さんにそう言った。
「何すかそれ。まあ、俺も風花ちゃんの可愛さは認めますけど」
優介さんが水川さんにそう言った。
「ローレルが聞き分けのいい賢い子ってだけですよ」
私は優介さんと水川さんにそう言う。
「風花ちゃん、馬の乗り方上手だからね」
ふと誰かがそう言う声がした。
「そうそう、俺も風花ちゃんに鞭で叩かれたい……ってフェラーリ、お前いつの間におったんや」
水川さんは驚きながら、その声がした方に振り返った。私も振り返ると、そこにはフェラーリ先輩がいた。フェラーリ先輩はJRAの通年免許を取得した外国人騎手の一人だ。七年程前にイタリアからやって来たが、日本語が堪能で聞いていて違和感のない話し方をする。フリー騎手ではあるが、お手馬との関係上こうして度々馬場厩舎に顔を出していた。フェラーリ先輩の背の高さは私とほとんど変わらないが、それでも全体的に短く整えられた髪型が、ヨーロッパ人特有の鼻の高い顔によく似合っている。
「さあ、いつからだろうね」
フェラーリ先輩は水川さんにそう言った。
「フェラーリさん、これから調教っすか」
優介さんがローレルの顔を撫でながらそう尋ねた。
「調教っていうか、これからデートして来るんだ。風花ちゃんと」
フェラーリ先輩が優介さんにそう答えた。
「え、フェラーリと風花ちゃんがデート? そ、それってどういう……」
水川さんが動きを固くしながらそう呟いた。
「併せ馬のことや、馬鹿たれ」
近江さんが水川さんにそう言った。
「そのデートに必要な白馬が二頭、まだ来ないんだよねえ」
フェラーリ先輩は私に向かって、右目だけ瞬きをしながらそう言った。
「臭い台詞吐くなや、プレイボーイ」
水川さんがふとそう呟いた。
「どうしたんすか、こんなに集まって」
ふとそんな声がした。私が振り向くと、そこには
「水川が風花ちゃんに鞭で叩かれたいらしいわ」
近江さんが水川さんを指差しながらそう言った。
「ちょ、近江さん」
水川さんが動揺しながら近江さんにそう言った。
「うわ、セクハラっすね」
辻本さんは水川さんにそう言った。
「妻子持ちがそんなん言っていいんすか」
駿介さんは水川さんにそう言った。
「お前らじゃじゃ馬よろしく蹴っ飛ばしたろか」
水川さんが辻本さんと駿介さんにそう言った。
「馬場先生に通報されたいんならどうぞ」
駿介さんはそう言って、フライヤーをフェラーリ先輩の傍まで引いていく。辻本さんも、駿介さんに続いて私の傍にコガラシを引いて来た。
「ありがとう、優介君」
フェラーリ先輩は駿介さんにそう言った。
「いや、俺は優介やなくて駿介です。何回目ですか、もう」
駿介さんはフェラーリ先輩にそう言った。
「ごめんごめん。それじゃあ風花ちゃん、行こっか」
フェラーリ先輩はそう言って、私の前で片膝を突いた。そして私の右手を手に取り、そのまま私の手の甲に口付けをする。
「ちょちょちょちょ、何しとんすかフェラーリさん」
辻本さんはフェラーリ先輩にそう言った。
「おいバツイチ、調子こいてんちゃうぞ」
水川さんはフェラーリ先輩にそう言った。
「おお、怖い怖い」
フェラーリ先輩はそう呟く。私は新喜劇のようなそのやり取りに対応出来ず、ただそこに立っていることしか出来なかった。
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