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「――ということで本日は、ロッキーロードに騎乗する矢吹やぶき はるか騎手にお話を伺いたいと思います」

「矢吹騎手、本日はよろしくお願いします」

 お笑い芸人と女性アナウンサーに囲まれながら、僕は「よろしくお願いします」と会釈をする。そんな僕たち三人の目の前には、大きなカメラやマイクを持ったスタッフたちがずらりと並んでいた。

 三月十六日、水曜日。GⅡ競走『スプリングステークス』に向けた最終追切を終え、僕はとあるテレビ番組の取材を受けていた。何でも、注目騎手の一人として僕に目が向けられたらしい。僕なんかよりも、風早かざはや早乙女さおとめを取材した方が、もっと盛り上がるような気がするけれど。

『スプリングステークス』は、クラシック最初の一冠『皐月賞』の前哨戦の一つであり、同時にトライアルレースにも指定されているGⅡ競走だ。芝コース一八〇〇メートルで争われ、上位三着までに入線した競走馬には、『皐月賞』への優先出走権が与えられる。そしてこのレースには、風早のダンスも、早乙女のローレルも出走することになっていた。同期の若手三人が同時に参戦すること、そのうちの一人が女性騎手であること、それが牝馬での出走になることが重なり、世間の期待は高まっているらしかった。

「それでは改めて、ロッキーロードはどんな馬なのか教えてください」

 芸人さんが僕にそう尋ねてきた。

「そうですね」と言って、僕は少しだけ呼吸を置く。

「ロッキーは本当に人の言うことをよく聞く馬ですね。デビュー前の調教の段階からとんとん拍子で進んでいきましたし、レース中もここだと思ったタイミングで動いてくれるので、賢い馬だなって毎回思ってます。闘争心があるのにすごく冷静なので、『僕よりもレースを分かってるんじゃないか』って思うくらい最適な走り方をしてくれる時もありますね」

「今回の追切、乗ってみた時の感覚はいかがだったでしょうか」

 今度はアナウンサーさんが僕にそう尋ねる。

「問題ないと思います。前走の時よりもタイムが速くなってますし、何よりしっかりと地面を捉える走り方をしてくれるようになったなという印象なので、本番もいい走りをしてくれるんじゃないかと思います」

「そして今回の『スプリングステークス』、唯一の牝馬にして未だ負けなしのカコノローレルも出走しますが、それについてはどのようにお思いでしょうか」

 そして再び芸人さんが僕にそう尋ねてきた。

「カコノローレルは本当に強いですね。スタートダッシュを決める一歩目の瞬発力が他の馬とは違いますし、それを持続させたまま最後まで逃げきるというのは、並の馬では体力的にきついと思います。それを平然とやってのけるんですから、それだけローレルは特別な馬だと感じますね。でも、だからと言って負けるわけにはいきません。ロッキーには小回りの良さと操作性の良さがあるので、それを充分に発揮させることができる騎乗をしていきたいです」

「それでは、テレビの前の皆さんに向けて一言お願いします」

 アナウンサーさんの呼びかけに、僕は「はい」と返事をした。

「まず、普段からロッキーロードを応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。そして今回、ロッキーのみならず、じん 祐馬ゆうま厩舎としても初めてのGⅡ出走となります。騎手としてまだまだ未熟ではありますが、期待に添えた結果を残せるように頑張りますので、今後ともロッキーロードを応援していただけたら嬉しいです」

 そう言って、僕は一度頭を下げた。

「さあそして矢吹騎手、聞くところによると女性に好かれているのに彼女がいないとのことですが」

 そう言って、芸人さんはとぼけたような表情で僕のことを見つめてきた。その言葉に、僕は思わず吹き出してしまいそうになる。それを何とかこらえて、僕は芸人さんに尋ねた。

「え、誰からの情報ですか」

「これはですねえ」と、やけに語尾を伸ばしながら芸人さんは呟いた。そして一瞬のいやらしい間の後に、芸人さんはこう答えた。

「矢吹騎手の同期だと名乗るKという人物からですね」

「風早ですね?」と、僕は思わず間髪入れずにそう言ってしまった。

「ご名答」という芸人さんの言葉に、僕は思わず笑ってしまう。そして笑い終わった後で、僕はそれに答えた。

「女性に人気があるかはともかく、彼女がいないのは事実ですね」

「ちなみに、今後恋人を作る予定などはございますか」

 ふとアナウンサーさんがそんなことを尋ねてきた。

「何、片桐かたぎりちゃん矢吹騎手のこと狙ってるの?」

 芸人さんがそれをからかうように笑いながらそう尋ねる。

「違いますよ」と、アナウンサーさんは苦笑しながらそう答えた。それにつられて、僕も思わず笑ってしまった。

「別に、恋人作る予定も結婚する気も今のところないですね」

 僕が笑い終わった後でそう言うと、「え、どうしてですか」と、芸人さんが興味深そうに尋ねてきた。

「何というか、僕なんかと付き合っても幸せになれないんじゃないかなって」

「何てこと言うんですか」と、芸人さんが間髪入れずにそう言った。

「冗談ですよ」と、僕は焦りを隠すように笑いながらそう返事をする。

 上手く笑えていただろうか。

「ただ、今は自分のことで手一杯なので、そういうのは余裕ができてからかな、と思います」

 僕がそう言うと、芸人さんはアナウンサーさんの方を見て、にやりと笑いながら「残念だったね、片桐ちゃん」と、アナウンサーさんをからかうようにそう言った。

「だから違いますって」と、アナウンサーさんは苦笑しながら芸人さんに言う。そんな二人がおかしくて、僕は思わず声をあげて笑ってしまっていた。

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