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 あれは、いったい何だったんだろう。

 ロッキーを厩舎まで帰らせる道中で、僕はそんなことを考えていた。というより、衝撃を受けていたと言った方が適切かもしれない。突発的な感情が、今も尾を引いて僕の心の中をさまよっている感覚が確かにあった。

 こんな大人しい馬に、あれほどの闘争心があったなんて。

 いや、今はまだ慣れない場所に緊張していて、本性を現していないだけだろうか。

 そんなことなど知る由もなく、ロッキーは蹄の音を鳴らしながら、かっぽかっぽと厩舎までの道を闊歩していく。その足音は、控えめながらも悠然としていた。

 神さんはそれを察したのだろうか。厩舎に着いたとたん、普段は右手を軽く挙げて「お疲れ」と言うはずなのに、下馬した僕を見て一言、「どうした」と尋ねてきた。隣では、ロッキーにリードを付けた清水さんが、刹那の事象を慈しむような表情でロッキーの顔を撫でている。ロッキーも、清水さんに甘えるように顔をこすりつけていた。

「この子、思ってたよりも化け物かもしれないです」

 そんな言葉が、ふと僕の口をついてあふれ出た。そう言いながら、僕はこの時、ここじゃないどこかをただ意味もなく眺めていたような気がする。

「どういう意味だ?」と、神さんが怪訝そうな顔をしてさらに尋ねる。

「あんなに闘争心があるとは思いませんでした。馬場に入ってからも大人しいのかと思ってたんですけど、そこに残っていた他の馬たちが走っているのを見たとたんに、すごい走りたそうにうずうずし出して。それで僕がゴーサインを出したら、いつの間にか一周してました。多分ですけど、八十秒もかかってないと思います」

 一瞬、神さんは驚いたように眉を吊り上げる。この馬に対してなのか、それともこの時珍しく饒舌に語っていた僕になのかは、分からないけれど。

「一応聞くけど、お前鞭は使ってないんだよな」

 神さんが僕にそう尋ねる。

「もちろんです」と、僕は答えた。すると神さんは、あっけにとられたかのように目と口を大きく開ける。

 清水さんは、そんな僕らの盗み聞きをするように、ロッキーを撫でながらこちらを様子をじっと見ていた。ロッキーも、清水さんの動きに合わせて、僕らをじっと見つめている。

 一瞬の静寂の後、神さんは「なるほどな」と一言呟いた。

「分かった。いずれにしろ明日は追切だ。速く走らせて、タイムを測ることに変わりはない。その時にロッキーも一緒に測ろう。それでロッキーの素質が分かるはずだ」

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