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そこには、
午前十一時半、今週のレースに出走する競走馬の出馬投票を終え、自転車で厩舎に戻ってくると、既に馬房の前に馬運車が一台停まっていた。その後ろには、厩舎スタッフのみんなが、何かを取り囲んでいるように見える。おそらく、あの中に今日入厩する新入りの馬がいるのだろう。
僕は馬房の近くに自転車を停める。それに気付いたのか、長谷川さんがこちらに振り返り、「おう、矢吹くん」と大きな声で手招きをしてくれた。僕はそれに引き寄せられるように、馬運車の後ろに駆け寄っていく。
「小さいですね」と、川名さんが呟いた。
「女の子みたいですよね」と、安さんがそれに共感するようにそんなことを言う。
「確かに、身体が小さいような。それに細いですし」と関根くん。
「可愛い」と、感嘆の声を漏らしていたのは清水さんだった。
「なあ神さん、こいつ本当に
「間違いない」と神さんが答えた。「血統登録証明書にも、牡馬として正式に登録されている。ちなみにだが父親がナインティナインで、母親がエメラルドリリーらしいな」
「でも……」と、まだ疑いがぬぐいきれない清田さんに、神さんは子どもっぽいいたずらな笑みを浮かべながらこう言った。
「じゃあ、こいつの股間にぶつがあるか、触って確かめてみるか?」
「触りませんよ、馬鹿らしい」と、清田さんはため息混じりに拒絶した。
「馬だけに?」と、安さんが呟く。
「黙れ」と、清田さんがどすの効いた声で制した。
「父親がナインティナインってことは、長距離血統ですか」
ふと長谷川さんがそんなことを呟いた。
「せやろな」と、難波さんが答える。「ただ、母親の方は中距離での実績の方が上や。どっちかと言うと、中距離も走れる長距離馬、みたいなもんかもしれんな。飛び抜けて化け物級というわけではなさそうや」
そんな話を聞きながら、僕は無意識のうちにその馬の前に近付いていた。
馬がこちらに振り向く。ゆっくりと僕が右腕を前に伸ばすと、馬は僕の腕に鼻を寄せ付け、においをかぎ始める。顔を撫で始めると、じっとしてそのまま撫でさせてくれた。
人懐っこい性格であることが、それだけで分かる。警戒心の強い子なら、簡単にこうはいかない。
馬が耳を横に広げていた。リラックスしているという感情表現だ。
もしかしたら、僕はこの時、思わず「よしよし」と呟いてしまっていたかもしれなかった。
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