1-5
「ありがとうございます。助かりました」
清水さんは、苦笑いを受かべながら僕にそう言ってくれた。感謝と安堵、そしてほんの少しの罪悪感が伝わってくる。
「いいよ、このくらいどうってことないって」と、僕は清水さんの罪悪感をぬぐおうとして、そんなことを言う。「それに、新しく替える方の寝藁で良かったよ」
「どういうことですか」と、清水さんが僕に尋ねてきた。
「僕、競馬学校時代に寝藁をぶちまけちゃったことがあるんだけど、馬のおしっことか大量に吸ってたやつでね。臭いなんてもんじゃなかったよ」
「本当ですか」と、清水さんはくすくすと笑う。
「本当本当。後でがっつり怒られたよ」
そう言った後で、僕は後ろにある空の馬房の方を振り返り見た。
「そういえば、新入りがうちに入厩するの今日だったね」
「はい。なので今のうちに馬房を整理しておこうと思って。神さんに頼まれたからっていうのもありますけど」
「そっか」と、僕は誰に言うでもなく呟く。ふと隣にいる清水さんの方を振り向くと、僕のことをじっと見ながら微笑んでいた。
「ん、どうしたの?」
僕がそう尋ねると、急に清水さんは顔を赤らめながら「え、あ、いや、何でもないです」と、なぜか早口でそう言った。その後で、清水さんは視線を落とす。
「そう?」と僕は思わず呟いた。何か変なことでも聞いてしまっただろうか。
「あ、りりあが矢吹さんといちゃいちゃしてる」
ふと振り返ると、向かい側の馬房で
「は? べ、別にいちゃいちゃなんてしてないし」
清水さんが噛みそうになりながら一息でそう言うと、「どうだか」と関根くんが呟いた。
「てか、さっきお前が転んだのもあれだろ。矢吹さんが近くにいたから見惚れてたんだろ?」
関根くんが清水さんをからかうようにそう言うと、清水さんはさらに顔を真っ赤に染めていく。
「ち、違う。確かに『矢吹さん今日もかっこいいな』とか、『矢吹さんとお話ししたいな』とか、そんなことは考えてたけど、だからって見惚れてたわけじゃないんだから」
「それを見惚れるって言うんだよ」と、関根くんが間髪入れずにそう言った。心なしか、清水さんの息がいつもより荒くなっているような気がする。
もしかして、今日の清水さん、風邪気味なんだろうか。
というか、僕がそんなに格好いいわけないのに。
そんなことを思いながら二人の仲裁に入ろうかと思っていた時、「二人ともそこまで」と言って、
「でも川名さんこいつが……」
二人が同時に川名さんに訴えかけると、「はいはい分かったから」といさめられてしまった。
「まず
すると二人は互いにそっぽを向き、そのまま口を利かなくなってしまった。
「返事は?」と川名さんが強い口調で言うと、二人は「はい」と仕方なさそうに返事をして、そのままそれぞれの持ち場に戻っていく。
「悪いな、矢吹くん」と、川名さんが謝ってくれた。
「いえ、大丈夫です」と僕は返す。「こちらこそ、川名さんに仲裁させてしまってすみませんでした」
「いいよ、あんなの日常茶飯事だから」と、川名さんは苦笑しながら僕にそう言ってくれた。「それより、まだもう一個調教が残ってるんだろ? 早く行ってきな」
そういう川名さんに、僕は一礼をしてから馬房の外に出る。近くに停めていた自転車にまたがり、そのまま僕は調教スタンドの方へと向かった。
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