八話 楽しい人生(前半)

「貴様が転生者だな?」




 成導騎士団。伝説を継ぐ騎士達。バースは成導騎士に剣を向けられた時、緊迫と不安、そして驚きが頭を巡り、二の句が継げなかった。




 成導騎士は何も返さないバースを見て、眉根を寄せた。




「だんまりか。だが領主を狂わせ、さらに女を殺し、領主の屋敷を燃やした貴様の罪を神は既に知っておられる。神は我らを見てくださるからな。いくら隠しても無駄だ」




 アイヴの凶行の全ての原因が自分にされている。迷いなく断定する成導騎士の目を見て、バースは戸惑った。




「ち、違う……。バースは私を助けてくれたのよ! 私達をさらって殺そうとしたのは領主よ! バースはそんなことしないわ!」




 ミカがバースを庇うように前に立ち、反論するとバースははっとして、ようやく抗議の言葉を吐くことができた。




「違います。俺がやったんじゃないんです。アイヴが女の人を殺したんです。屋敷が燃えたのは俺とアイヴが戦ったせいですけど。でも俺はアイヴからミカを助けようとして戦ったんです!」




 成導騎士はバースの言葉を鼻で笑った。




「子供まで手にかけるとはな。神の裁きを待つまでもない。私がこの場で神に代わり、制裁を下してくれよう」




 成導騎士が手を振ると、銀の煌きが空を舞い、バースの眼前に剣が突き刺さった。




「私は貴様らと違って、弱者を嬲り殺す趣味はないのでな。今だけ武器を持たぬ貴様に剣を貸してやる。拾え、そしてそれで私と戦え、転生者!」




 成導騎士は魔導書を片手に持った。




「どうしてわかってくれないんですか! 俺はただ……」




「くどい!!」




 成導騎士が口調を荒げ、怒鳴るように言うと。バースだけでなく、口を開きかけたミカも口を閉じた。




「私は往生際が悪い人間は嫌いだ。戦いたくなければ潔く殺されろ、そうでないなら戦え」




 ——何も伝わらないのか……。




 バースは理不尽さに苛立った。成導騎士をねめつける。成導騎士のまだあどけなさが残る若い顔がこちらをまっすぐに睨んでいた。高校生くらいの歳によくみられる特徴を備えている。これくらいの年齢でバースは前世の命を失ったのだった。




 ——もしかしたらあいつも俺がアイヴに抱いたのと同じ気持ちなんじゃないか……




 その考えに思い至るとバースの怒りはおさまり、かわりにやりきれなさが胸に広がった。




「ミカ、先に帰ってろ」




「で、でも……」




 バースは不安げなミカに笑いかけた。


 


「大丈夫だ。ちゃんと戻ってくるから」




「いやっ、駄目よ、バース。おかしいわ! なんであなたが裁きを受けなくちゃならないの?」




 ミカの叫びを成導騎士は気に留めてもいない。自分で言った通り、バースがミカを洗脳したと思っているのだろう。




「ちょっと誤解されてるだけだ。もう少し話し合えばわかる。すぐ終わるから待ってろ」




 ぎこちなさを見せてはならない。嘘がバレてしまう。罪の意識を感じながらバースはもう一度笑いかけ、肩に手を置いた。




「絶対帰ってきてね……」




 目を合わせ、ミカがその場を離れると、バースは剣を持ち上げた。見かけから想像したよりも軽い。いや鍛えていたおかげだから軽く感じるのかもしれない。記憶の淵から剣の使い方を呼び起こして、構える。




 死ぬわけにはいかない。死ねば、家族も友達も悲しませることになる。バースは残された者の思いを嫌になるほど知っていた。覚悟を心に決め、成導騎士をまっすぐと見据える。




「それでいい。私の言葉に従ったことは誉めてやる。ほとんどの転生者はくだらない理屈を並べて、神を汚している己を正当化するからな」




 成導騎士は満足したのか、顔に現れた感情をひっこめた。




『大地生むは全なり。地から全生まれ、地に全帰る』




 成導騎士が呪文を唱えると岩ほどの大きさになって土くれが集まり、剣の形に収縮した。土の剣を構え、目線をバースに合わせてくる。




 周囲の音と闇に包まれて暗い世界に注意を向ける。気を散らしてはならない。一瞬の油断が命取りになるのだから。




 虫の音とかすかな呼吸音だけが響く。静まらない緊張にバースは心を乱される。静寂を破ったのは木と土がぶつかる音だった。銀白色の剣が宙を舞い、地に落ちる。バースの腕がしびれた。成導騎士は埒外の膂力を土の剣に乗せて、剣の柄を打ち据えたのだった。




 バースは身体を崩され、後ろに転がる。アイヴとの戦いで出来たケガが痛んだ。受け身を取って止まったのち、バースは態勢を整えて立ち上がろうとした。




 成導騎士がそれを許さない。成導騎士は息を吸う間に距離を詰め、土の剣をバースに振り下ろした。




 バースは転がって躱し、時間稼ぎのつもりで魔法を発動した。火球がみっつ、成導騎士に向かって飛ぶが、剣の一振りでかき消され、勢いはそのままにバースに剣が腹に吸い込まれる。




 身体を咄嗟に反らしたから、腿に当たるにとどまったが、それでも肉が抉られたような痛みが走った。加えられた力を利用して転がり、受け身を取って立ち上がる。道から草原に出て、かすり傷を草が撫でて、熱が走った。




 成導騎士が再び構える。その後ろに鈍く光る剣が刺さっている。バースは唇を噛んだ。今の彼は劣勢だ。成導騎士は鎧を着ているから攻撃できる部位は限られる。魔法も簡単に無力化されてしまう。その上、こちらは手札を全て見せたが、あちらがどんな魔法を使ってくるかはまだまだ未知数だった。




 頭を巡らせて、浮かんだアイディアを逃がさないように思い描き、相手が接近してくるのを拳で構えながら待つ。




 成導騎士が目で追えなくなるとバースは成導騎士のいた方向めがけて助走をつけて、スライディングした。




 鈍い痛みがつま先に広がるが、悶えている暇はない。立ち上がり、剣に向かって走る。なんとか辿りついて、バースは再び武器を手にすることができた。




「やってくれたな……」




 後方から苛立った成導騎士が近づいてくる。バースはそちらに剣を構えた。自分よりも相手が速いならばその力を利用すればいい。バースは目にもとまらぬ速さで動く成導騎士を転ばせて、剣を取りにいくスキを作ったのだった。これでなんとかダメージを与えられる。




 バースは構える成導騎士を見て、再び緊張の糸を張る。成導騎士といえば伝説の名を継いでいる。相手が自分以上に高い実力を持っていると思って間違いないだろう。同じ手がそう何度も通用するとは限らない。必死で頭を巡らせていると、成導騎士の声が聞こえてきた。




『母なる大地の趣に逆■■■者はおらぬ』




 成導騎士は魔導書を開いていた。魔法を使おうとしているのだ。気づくとバースは駆けだしていた。




『■■を極めた盛者と■■に苦しむ弱者さえも時に逆転させる』




 バースが立つ地面が突如、盛り上がり、土の塊を作り、バースに向かって飛んだ。土の塊は下から、四方から襲ってくる。時に剣で防ぎ、時に身を動かして躱して捌くが、数が多すぎる。一つが身体に直撃し、バースは後ろに飛ばされた。地面に身体が打ちつけられ、全身の傷が痛む。立とうとしてももう動けそうになかった。




 成導騎士が壜を取り出した、酒をあおるように中身を飲みながら、一歩、一歩こちらに近づいてくる。バースは這って距離を離そうとするが、無意味だった。




 腹を蹴り上げられ、空気が押し出される。口から垂れた唾液と血液が草に落ちていった。




「終わりだな」




 成導騎士がバースの目の前で土の剣を振りかぶる。




 ——ごめん。俺、勝てそうにない……。




 バースはミカと両親、シオンに謝った。悲嘆に暮れる彼らの姿を想像して、バースは唇を噛み、せめてもの抵抗として腕を組んで剣を受け止めようとした。




 そのとき、人影が一つ、飛び出して、振り下ろされた土の剣からバースを庇った。土の剣は影を宙に飛ばし、影はそのまま地面に身体を打ちつけた。




 バースは影に駆け寄った。




「ミカ!」




 バースを庇ったのはミカだった。草原に倒れ、口から吐血し、目から涙があふれている。バースはミカの側に膝をつき、手を握った。




「どうして……」




 ミカはバースに目を合わせると頬を緩め、か細い声で言った。




「私、おっきくなれたかな……」




 ミカは目をつぶった。涙が頬を滑り、草原に落ちていった。




「ミカ!? おい、ミカ!? 起きろ! 起きろよ!」




 肩を揺さぶるがうんともすんとも言わない。袖をまくって脈をとると、頭が真っ白になった。




 ——ミカが死んだ。




 事実は心を打ちのめし、何も考えが巡らなくなった。感情の荒波は訪れない。ただ胸がぽっかりと空いたような喪失感がそこにはあった。






 成導騎士は動揺していた。自分の手が血に染まっている自覚はある。だがその血は神が清めてくれると思っていた。自分が殺してきた人間は神に逆らった罪人だけだったのだ。だから、今ミカを殺した手にはべっとりと血がつき、洗い流すことは出来ない気がした。




 風が吹き、木々を揺らして立てる音が収まるまでの時間の後、はっとして両手から視線を外し、成導騎士は自分を恥じた。感情に気を取られるあまり、神の御意思を取り違えてしまった。神が求められるのはこの男の死だ。決して成導騎士が感傷に浸ることなどではない。




「助けるんだ……。助けなきゃ……」




 目は虚ろなまま、バースはぶつぶつと独り言を言っていた。その姿を見て、憎しみが浮かびあがってきた。




 ——この男のせいで自分が罪なき者を殺すことになったのだ。




 怒りにまかせ、剣を持ち上げ、振ろうとしたその時、成導騎士は目を見開いた。




 突如、ミカを中心として魔法陣の一部が構築されていく、青白い光が辺りを包んだからだ。




「助けるんだ……。俺が……」




 目に光が灯らぬまま、バースが呟く。




 成導騎士は眼前の光景に見とれ、怒りを忘れていた。透き通った光は草原をあっという間に侵食し、幻想的な空間を作り出している。まるで、世界が海に飲まれてしまったようだった。




成導騎士はその美しさから成導教のドグマが書かれている本、成書、の一節を連想した。




 完全な生を得た彼女が手を振ると、魔法陣が現れ、枯れた木はたちまち葉を取り戻し、砂漠には花が咲き、盲人は視力を取り戻し、時には死者でさえ命を取り戻したという。神の力を振るう彼女の姿はこの上なく美しかった。




 ——この男は少女を蘇らせようとしているのではないか?




 よぎった考えは成導騎士を思索の渦へと誘い、起きている現象の行方を見守らせた。




 ——そもそもこの男は転生者なのか?




 ——この男が使っている魔法はなんだ?




 ——もし蘇ったらこの男はもしや——




 やがて水の波紋が広がるように、青い光が駆けて、暗闇をどこまでも照らした後、魔法陣は完成形を明らかにすることなく、消えていった。




 何も起こらなかった。結果を確認すると、成導騎士はバースを殺すことを決定した。おそらく成導騎士が思っていたような能力の使い手ではない。もしそうであれば魔力切れになって魔法が途中で止まることなどありえないからだ。




 気を取り直して、もう一度剣を振り上げると、彼の視界は真っ白に包まれた。

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