第14話 親子の絆

「すごいよ、お姉ちゃん!」

「ハナさん」

 駆け寄るハナの頭をなで、ホッと息をつく。そして、男の子を見た。まだ水結界みずけっかいは解いていない。


「おとうさん、おかあさん……」

 男の子が二人を呼ぶと、両親の顔色が変わった。

「うそ、うそ……。あの時の? り、流産しちゃった……?」

 母親は目に涙を溜めている。男の子がこくりとうなずくと、結界に触れた。悪意のない者は、触れても大丈夫らしい。タエは安堵あんどした。

(ケガをさせたらどうしようかと思った)

「お姉ちゃん。結界、水の流れを止めてみなよ」

「えっ、そんな事できんの!?」

 結界は下から上へ流れている。だから、彼らはまだ顔をはっきりと見られていないのだ。タエは結界に、ガラスのようになれと念じると、思った通りに動いてくれた。ぱきりと音を立て、流れる水からガラスのように変わる。

「見える……はっきり!」

「俺達の子供!」

 両親は両手を結界に付けて、少しでも近くに寄ろうとしている。男の子はためらいがちに手を伸ばし、結界越しだが、両親の手に自分の手を重ねた。男の子の目や鼻は母親似、面影は父親にそっくりだった。

「あぁ……。ごめんなさい、本当にごめんなさいね」

 母親は涙を流して謝った。父親も涙ぐんでいる。

「ちゃんと産んであげられなくて……ほんとに……。この手に、抱いてあげたかった」

 男の子は首を横に振った。

「おかあさんのせいじゃないよ。今、おとうさんとおかあさんが、ちゃんとぼくを見てくれてるから。話せてるから。幸せだよ」

 もう母親は号泣していた。タエとハナももらい泣きだ。彼は、妖怪に喰われたのだと真実を告げる事はしなかった。真実は、両親にとって残酷なものになるから。それを分かった上で、彼は何も言わなかった。

「ひかる」

 低く、優しい声が、男の子を呼んだ。

ひかると名付けようと思ってたんだ。変な奴から、俺達を守ろうとしてくれたんだろ? 本当に、光り輝いていたよ。ありがとう」

「おとうさん」

 光もあふれる涙をぬぐい、笑顔を見せる。

「悪い妖怪を、おねえちゃん達がやっつけてくれたんだ!」

 三人の視線がタエとハナに向けられる。代行者モードで人と話すのは初めてだったので、タエは緊張してしまった。

「どうも。無事でよかったです」

「私達は貴船きふね神社の神の使いです」

 タエとハナが会釈えしゃくした。

「光くんの、家族を守りたい気持ちに賛同して、ちょっと手伝っただけです」

 あはは、と笑うタエとハナ。

「ありがとうございました」

「何と御礼を言えば」

 両親も深く頭を下げてくれる。タエは頭を上げるよう言った。

「しっかりと、光くんの姿を覚えていてあげてください。この子は、家族全員を守ったヒーローですから!」

 光の頭をなでるタエ。照れ臭そうに笑っている。

「触れる事は、出来ないのですね」

 二人は寂しそうだ。結界が現世とあの世との境界となっているのだから。ハナが一歩近付いた。

「霊体に触れる事は、出来ません。姿を見られるのも、この結界があるからです。結界ももう長くは持たない。これを解けば、光くんも、我々の姿も見る事は出来なくなります。ですから、今だけです」

 両親は、目に焼き付けるように光を見つめる。光も、近付けるまで近付いて、最後の別れをした。

「もう、会えないのね……」

「そんな事ないよ」

 母親の言葉を、光が否定した。

「ぼくは、いつもみんなの側にいるから。生まれてくる弟を守るんだ!」

 にっこりと、太陽のような笑顔を向ける。ハナが気付いた。

「そうか。下の子の守護霊の役目を受けたのね」

「うん! だから、見えなくても、いつも近くにいるよ。みんなの話も、ちゃんと聞こえてるから」

 全員が微笑んだ。この場に涙はいらない。悲しみもいらない。頼もしい長男が、家族を光で包み込んでくれるから。

「あの、すいません……。そろそろ、結界が、限界で……」

 結界を張り続けると、体力、精神力を削られる。しかもガラスオプション付きだ。タエは疲労が増してきていた。ハナが声を上げる。

「結界を解きます! 三人とも、しっかり手を合わせて。もしかしたら、奇跡が起きるかもしれない」

 家族は言われた通りにする。父親は光の左手、母親は右手に合わせている。

「光っ、お前は俺達の誇りだ」

「ずっと愛してる、光!」

「うん、ぼくも大好き!」


 ばしゃんっ!


 結界が水に戻り、両親と光をさえぎる物がなくなる。その一瞬、決して触れる事が出来なかった互いの手が、濡れた神水の力でその垣根かきねを超える事が出来た。




「小さい手、だったね」

「ああ」

 光の手の感触を忘れないよう、手を胸に当てる。もう光の姿も、タエとハナの姿も見えない。現実に戻ったのだ。

「さあ、体が冷えたんじゃないか? お腹の子に何かあったら、光に怒られる。あの子に恥じない生き方をしよう」

「そうね! 光、ありがとう。一緒に帰ろう」

 両親は立ち上がり、車へ向かう。

「そういえば、弟って言ってたわよね?」

「息子か。名前、決めないとな」

「ふふ。そうね」




「おねえちゃん、ハナさま、本当にありがとう」

 光が二人に礼を言った。彼の頭をなでるタエ。

「光くんも、よく頑張ったね」

「さ、一緒に帰るんでしょ?」

「うん!」

 光の姿が小さな丸い魂になった。ほの白く、優しい光を帯びている。礼を言うようにタエとハナの周りをくるりと回ると、両親が乗った車の中に消えた。


「親子の絆って、すごいね」

「うん。先輩のかたきも討てたしね。って、お姉ちゃん、あの大技いつ覚えたの!?」

 タエが“龍聖浄りゅうせいじょう”という技を出した事に驚きだった。タエは頬をぽりぽりかきながら答える。

晶華しょうかがイメージを送ってくれたの。あの技なら、斬らずに全員一気に倒せるからって。後は一発勝負で」

「凄すぎ。急成長ね」

 ハナは嬉しそうだ。

「じゃ、いつもの仕事に戻ろうか」

「えっ! これで終わりじゃないの!?」

 高龗神タカオカミノカミの加護のおかげで回復は早いが、もう仕事も終わりな雰囲気だっただけに、タエはガッカリした。

「まだ夜明けまで長いでしょ。町にはまだまだ妖怪がいるんだから、乗って」

「おっしゃあ! やってやるぜぃ!」

 気合いを入れ、夜の空に飛び立った。




「うむ。タエもハナも、よくやった」

 神社聖域にて、高龗神もタエとハナの様子を見ていた。先代の代行者を倒した妖怪を滅し、ホッと安堵の息が漏れる。ふと、和菓子の箱が目に入った。

「帰ってきたら、一緒に食べるか」






「いやぁー、ご苦労様でしたぁ」

 翌日。河原の近くに行っていないのに、紗楽しゃらくが下校途中のタエの前に現れた。止まる事なく歩き続ける。

「ほんと、逃げ足が速いんだから」

「あたしは戦力にはなりやせんから。影ながら、応援しておりましたよ」

「はいはい」

「そうそう! あの妖怪本体との追いかけっこは、見ていて面白かったですなぁ」

「はあ!?」

 小さい妖怪を追ってわたわたするタエを思い出し、笑う紗楽。タエの顔が赤くなる。

「見てたんかいっ。こっちは必死やったの! 今回は話に乗って良かったと思ったけど、もう変な頼み事しんといてよね」

「そんな寂しい事言わんでくださいよぉ。じゃ、また何かあればよろしくですー」

「あっ、言い逃げ!!」

 紗楽は自分の言いたい事だけ言うと、さっさと消えてしまった。

(本当によく分からない奴。それに、信用できない奴――)

 タエも彼の異様な気配に気付いていた。表向きは人が好さそうな雰囲気で近付いて来るが、心の奥底は真っ暗な気がしてならない。高龗神もハナも、紗楽を信用するなと、タエに釘を刺していた。

「ま、しばらくは関わって来ないかな」

 毎日顔を合わせているわけではないので、通常の生活を楽しもうと、家へと向かう。




 ふと、妊婦とすれ違った。

 大切そうに、愛おしそうに、両手でお腹を支えている。とても幸せそうなお母さんだ。その肩には、寄り添うように、守るように、ぽわっと小さな光が乗っていた。


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