第13話 必殺技

 どおんっ、と大きな音が響く。タエとハナはその姿に驚いた。目が一つで口が大きく、毛がない体。まるで巨大なナメクジかヒルだ。ぬるっとした質感が気持ち悪い。左右から出ている触手は腕のように、うねうね動いている。

「あーっ、気持ち悪い! いやだぁ!!」

 タエがたまらず叫ぶ。

「しかも多い……」

 ハナも渋い顔だ。この妖怪、でかいのが一匹ではなく、同じ姿形で五匹いる。気持ち悪さも五倍だ。

「ひっ」

 男の子も顔を引きつらせている。自分が犠牲になった時の事を思い出したのだろう。

「あぁ、貴様はあの時の」

 これまた気味の悪い声で話をする。妖怪は彼を良く見ようと体をくねらせた。男の子はタエの背中にしがみつく。

「この子にも、家族にも手を出すな」

 タエがうなるように言った。妖怪は「はっ」と馬鹿にするように笑った。

「てめぇらが新しい代行者か。俺がこの時をどれだけ待ったと思ってんだぁ? 人間の女は、次のガキを作るのに時間がかかりすぎる。それまでお預け状態だったんだぜ? 高龗神タカオカミノカミの式もうっとうしいし、隠れてるのも一苦労だったぜ」



「なんだ? いきなり……地震? 大丈夫か?」

「え、ええ。あ、いたた……びっくりしてお腹が」

「しばらくじっとして」

 男の子の両親も突然地面が揺れたので、お互いに支え合っている。男の子が叫んだ。

「おとうさん、おかあさん! 逃げて、おねがい!!」

 手を出してもすり抜けてしまう。目の前で大声を出しても、気付いてくれない。目に涙を溜めながら、それでも諦めずに叫び続ける。

「おとうさんっ、おかあさん!!」



「ああ、健気けなげだねぇ」

 妖怪が他人事のように呟いた。タエの目の色が変わる。

「誰のせいでこうなったと思ってんだ」

「しょうがねぇだろ。こっちも喰わねぇと生きていけねぇんだ。俺のごちそうがこいつだったってだけの話。まぁ美味かった。だから、そこの女がまたガキ作んの待ってたわけだ。他の奴はもう口に合わねぇんだよ」

「許せんっ!」

 ハナが突進し、一匹目を爪で引き裂いた。ぎゃあっ、と叫びながらちりとなったが、別の所に一匹が新しく現れた。

「また出た!?」

「あの代行者も、斬っても斬っても死なねぇから、慌ててたなぁ。てめぇらに哀れな先輩の姿を見せてやりたかったぜ。ははは!」

「黙れ! だったら、一気に倒す! お姉ちゃんっ」

「おう!」

 タエとハナが距離を詰め、斬りかかる。妖怪も二人を殺そうと向かってきた。体が大きくのろいので、動きは二人の方が上。タエも負けじと刀を振り、すぐに全ての妖怪が倒された。

「倒せたのかな……」

「ダメだよっ!!」

 男の子が声を上げた。タエとハナは彼を見た。

「あれは本当の体じゃないの。本当の体は、もっと小さいんだ!」

「えぇ!?」

 二人が驚くと同時に、また妖怪が現れた。今度は十匹だ。

「げっ、増えてるし!!」

「本体を探さなきゃ。小さいって、どこに――うわあっ」

 ハナが周りを見回す。今夜は新月。いつもより闇が増している。病院の明かりで見えはするものの、妖怪の本体がどこにいるか分からない。大きい方の妖怪から目を離したので、ハナは触手しょくしゅに捕まってしまった。残りの九匹が一斉にハナに噛みつこうと大口を開ける。

「ハナさん!!」

 タエが彼女を掴む触手を斬り、近くの妖怪を一気に切り倒す。それでも妖怪はわらわらと出てくるのだ。キリがない。ハナも体勢を立て直した。

「大きいのは私がやる。お姉ちゃんは本体を見つけて!」

「分かった!」

「先の代行者が手こずった理由が分かったわ」

 タエが男の子の側に寄り、辺りを見回し気配を探る。深くなった闇のせいで気配が掴みにくい。

「あっ、おかあさん!」



「さぁ、暗いし早く帰ろう」

 彼らも薄気味悪さを感じて、車に移動しようとする。



「動かれたら守りにくい! 晶華しょうか結界けっかいを張れる!?」

 晶華の刀身から水が溢れる。細い水の線が両親の周りを囲むと、下から上へ神水が噴き上がった。

「な、何!?」

「水道管が壊れたのか? でも、亀裂も入ってないし」

 両親には、自分達を囲む水は見えるらしい。とりあえず両親は動けなくなり、聖なる水で、妖怪も近付けないはず。

「今の内に!」

「あの女を殺せぇ!!」

 妖怪の標的が一気にタエへと移った。タエを倒さない限り、食事にはありつけないと分かったのだ。

「私を忘れるなっての!」

 ハナがタエに近付く妖怪を蹴散けちらしていく。

「どこ、どこにいる!?」

 タエも必死に探すが、それらしい生き物が見つからない。

「だったらまずは、喰い損ねた奴からいただくかぁ!」

 最初に見つけたのは、男の子だった。

「いた、あそこ!」

「どれ……ちっさぁ!!」

 言われてタエもようやく見つけた。そいつは体長が二十センチもないくらいの妖怪だったのだ。一つ目に大きな口はそのまま一緒。ただし、動きが半端なく速い。気持ち悪いが、思い切って掴もうと追いかけた。

「待てこのぉっ」

「捕まるか、まぬけぇ!」

 追いかけっこはしばし続き、右に行ったり左に行ったりせわしない。


「ねぇ……」

「どうした?」

 囲まれた水結界みずけっかいの中で、男の子の母親は、外をじっと見つめていた。

「外に、誰かいる」

「え?」

 父親も目をらしてみると、自分達の前に、女の子と白い犬が走り回っているのを見た。そして、小さな男の子の後ろ姿も。

「誰もいなかったのに……。それに何か、気持ち悪いのもいる!」

「な、何なの!?」

 互いの手を握りしめる。水があるので動けない為、恐怖も大きかった。


「結界くらい飛び越えてみせらぁ! まずはガキ、てめぇの魂よこせぇ!!」

 妖怪の本体が男の子に飛び掛かる。男の子は両手を広げ、叫んだ。

「ぼ、僕がくわれても……、ぜったい、絶対! 家族には手をださせない!!」


「!?」

 両親の目が見開かれる。

「まさか……、私達のベビーちゃん?」


「!!」

 聞こえた声に、男の子が驚いて振り向いた。結界越しに目が合う。

 妖怪の尖った牙が、がぶりと喰らい付いた。

「な、に!?」

 妖怪の体が、がっしりと掴まれる。

「つーかまーえた」

 男の子に噛み付く寸前、タエは自らの左腕を出し、わざと噛み付かせたのだ。そして右手で逃げないようしっかり掴む。そのまま地面に押し付け、晶華を体に突き刺した。

「ぎゃあああっ! なーんてな」

「なっ!?」

 妖怪は突き刺され体が真っ二つになったが、それぞれがまた別の個体となり、二匹に増えてしまったのだ。

「俺は細切れにされればその分増える! 不死身なんだよ! はーはははは」

「うそでしょ」

 ハナもドン引き。厄介にもほどがある。すばしっこい奴が増えればそれだけ不利だ。

「どうすれば……」


 りん……。


 晶華が鳴った。タエは、自分の刀が何を言いたいのかを感じ取る。

「よし、やろう!」

 余裕の表情でいた二匹の本体を素早く掴むと、巨大な分身の妖怪の方へぶん投げたタエ。

「なぁ!?」

 妖怪も思わず声を上げた。

「お、お姉ちゃん?」

 分身を相手にしていたハナも、本体が飛んできてびっくりしている。

「ハナさん、そこから退避!」

 言いながら、タエは晶華を高くかかげた。何かすると察したハナは、すぐにその場から離れる。

「晶華!」

 タエが名前を呼ぶと、分身の妖怪よりも大きい晶華が五本現れ、地面に刺さる。そして、五芒星ごぼうせいの形をとると、結界となり、本体と分身の妖怪を捕らえて離さない。

「んだこれは! くそっ、上にも結界が!!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ妖怪達。タエは力を込めて晶華を振り下ろす。


龍聖浄りゅうせいじょう!!」


 結界の中が貴船きふね源流げんりゅうである神水しんすいで満たされ、妖怪はジュウジュウと溶けていく。そして五本の刀の結界が凝縮ぎょうしゅくされ、一本の晶華へ合わさると、透明の刀身部分に妖怪がぎゅうぎゅうに収まっていた。それを見届けると、巨大な晶華は水となり、消えてしまった。


「……終わった」


 妖怪の気配が消えた。ようやく決着したのだ。

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